第2話 湾岸都市プローダ
大陸有数の大港を有するプローダは噂以上の活気を呈していた。港には無数の漁船と貿易船が停泊し、大きな荷物を持った船員たちがひっきりなしに船と倉庫の間を行き来している。商店が並んだメインストリートは奥が霞んで見えなくなるほど長く、さまざまな国の珍しい産物がずらりと並び、大勢の人々が貴族や平民といった身分や出身も関係なく買い物を楽しんでいる。そして、海岸から内陸に向かって広がるなだらか丘陵に沿って、建ってまだ間もない綺麗なレンガ造りの家々が秩序だって並んでいる様は、この湾岸都市の急速な発展を如実に表していた。
スレイン・ボルトがプローダに足を踏み入れたのは今回が初めてだ。大国の王都にも引けを取らない立派な街並みに驚きを隠せなかった。
「ねっ、凄いでしょ」
スレインの隣に立つサファリジャケットを着た女性、ケイト・イマーシは自慢げに言った。
「……ケイトがこの街を作ったわけじゃないだろ」
「そりゃそうなんだけどさ。知らない人に街を紹介してる時、紹介してる側はなんか優越感に浸れるでしょ」
「そんなもんか?」
「何もできないか弱い女性を悪者たちから守っている時の気分と一緒じゃない?」
ケイトは先ほど山賊たちに襲われた時の事を言っているのだろう。プローダのような立派な街が大陸中のあちこちで生まれている一方で、その街と街を繋ぐ街道は怪物や山賊たちがのさばっていて、旅には大きな危険を伴う。それ故に、スレインのような人や荷物を守る傭兵は重宝されている。
「別に優越感とかはないけどな」スレインは答えた。「ただ、仕事だからしかたなくって感じだ」
「本当に? 実は心の中では、俺強えー! とか思ってない?」
「そういうことを思っている奴もいるだろうけど、強さ自慢をしたいわけじゃないんだ。俺としては戦わなくて済むならそれに越したことはない」
「ふーん。まあ、スレインならそうかもね。さっきの山賊連中も命までは取らなかったし」
「無力化さえできれば、取る必要なんてない」
もちろん、仕事の内容によっては相手と命のやりとりが行われる時もある。だが、今回のケイトからの依頼、プローダまで彼女を護衛するという目的においては不要なことだ。
「だから……」スレインは続けた。「本当だったら二人旅なんてするんじゃなくて、他の商隊に便乗して一緒に来るべきだったんだ。それならそもそも襲われることもなかった」
山賊や怪物から身を守る最も有効な方法は大勢で行動することで、個人旅の場合でも、行き先を同じくする商隊に便乗するのはよく取られる方法だ。事実、スレインたちも最初はプローダヘ向かう商隊と行動を共にしていた。だが道中、ケイトが商隊から抜け出してしまったのだ。
「それはしようがないじゃない。あんな廃墟を見ちゃったら、探索しないわけにはいかないでしょ」
彼女が言っているのは、とある山の渓谷を越えている途中にたまたま見つけた小さな遺跡のことだ。大陸の各地には得体の知れない遺跡がまだまだたくさん存在する。その時ケイトが見つけた遺跡も、長いこと土や巨木によって覆い隠されていたのだろうが、最近そこで起きた大雨か地震のせいで、崖に入り口の一部が露出していた。それを見つけた彼女はプローダヘ向かうという予定も忘れて発掘を始めたのだ。
何故か? それはケイトは大昔の遺物や持ち主を失った金銀財宝を見つけ出し、コレクターなどに売りつけることを生業としているからだ。彼女のような人間は探検家あるいはトレジャーハンターと呼ばれている。
しかし、遺跡の発掘は空振りで、ただ、先を急ぐ商隊に置いていかれるだけの結果に終わってしまった。その後、山賊に襲われ、到着予定も大幅に遅れてしまったわけだ。
「でも、スレインにだって責任があるんだから」
「俺に?」
何のことだ? と首を傾げると、ケイトはまくし立ててきた。
「だってそうでしょ、最初あたしは船で行こうって言ったのに、スレインが陸路を選んだんでしょ。海路だったらあたしがあんなカス遺跡を見つけることもなかったし、山賊にだって襲われることもなかった」
「そ、それは……海路の方が金がかかるだろ」
「費用はあたしが出しても良いって言ったでしょ」
「……」
スレインは言葉を詰まらせた。というのも、スレインは船が苦手だったからだ。船酔いを嫌って陸路で行くことを主張したとは、一部界隈で漆黒の剣士と畏怖される傭兵として、言い出しにくい。
「……まっ、良いけど。時間にはぎりぎり間に合ったし」
スレインが何か言い訳をする前にケイトは矛を収めてくれた。
「そうか……」スレインはほっと胸を撫で下ろした。「じゃあ、そろそろ報酬の方を……」
「ねえ、そんなことよりもあれを見て」
ケイトは港の方を指差した。
「……なんだ?」
スレインも港へ視線を向けた。日が沈もうとする水平線を背景に、多数の船が停泊していたが、その中で他より一回りも二回りも巨大な帆船があった。漁船や戦艦としては大きすぎるし、貿易船だとすれば、船主は相当な豪商に違いない。
「あれ、アヴェントラ号と言って、ハント商会の船なの」
「ああ、なるほど」
ハント商会の名前はスレインも当然知っている。大陸有数の巨大貿易会社だ。ここプローダもハント商会の本拠地として発展してきた街である。船主がハント商会ということであれば、あの大きさにも納得だ。
「しかし……」スレインは言った。「貿易船にしても、さすがに大きすぎやしないか?」
あの船一杯の品物を載せるのは大貿易会社でも一苦労だろう。そもそもあれだけ大きな船を停泊させられる港などほとんどない。一体あの船でどこに向かおうとしているのだろうか?
「あれ、貿易船じゃないの」
「そうなのか?」
では何だろう? と、スレインは一瞬考えたが、いや待て、ケイトから報酬を請求をする方が先だと気づいた。
「それよりも早く報酬を……」
「あたし、あの船に乗るの」
「へえ、そうなのか。それで、報酬を……」
ケイトは顔をしかめた。
「報酬、報酬ってさっきからうるさいな。こっちの話も聞いて」
「いや、重要な事だから」
がめつい奴だと思われたくはないが、仕事に対する当然の権利だとは思うし、それにスレインとしては確実に報酬を受け取らなければならない事情があるのだ。
「しかたないなあ……」
ケイトは小さな皮袋を取り出し、中から金貨三枚を取り出した。
「毎度どうも」
スレインは手を伸ばしたが、ケイトは金貨を握りしめたままだった。
「……勿体ぶるなよ」
「ねえ、スレイン。ここで報酬を払ってサヨウナラじゃ、面白くなくない?」
「はっ?」
「せっかくこんな大都市まで来たんだから、もう一稼ぎしたいでしょ」
「……そりゃあ、まあ」
これだけ大きな街であれば、傭兵を必要とする仕事も数多あるだろう。彼女の仕事が終われば酒場にでも行って新しい仕事を探そうと考えていた。
「もう少し、あたしに付き合わない?」
「何?」
と、スレインは驚く素振りをしたが、本当はこうなるだろうと予感はしていた。ケイトからの依頼は今回の護衛が初めてではない。彼女が旅の護衛だけをスレインに依頼するとは思えなかったからだ。
スレインは港にあるハント商会の巨大船を一瞥した。
「あの、船に関することか?」
ケイトは軽くうなずいた。
「海賊王ゴールデンハンドって知ってる?」
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