おきらく探検家とびんぼう傭兵 海賊王の財宝に挑む
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第1話 山賊の心得
林道を歩く一組の男女の姿を、男が木陰から見つめていた。
街を囲う壁を一歩出れば、そこは獰猛な獣や血も涙も無い山賊たちが跋扈する無法地帯。たとえ整備された街道であったとしてもそれは変わらない。今、男がいるような人気のないような場所であれば尚更だ。だから、街の外に出る時は、商隊などを結成して集団で移動するのが基本だ。
それに引き換えあの二人ときたら……なんという命知らずだろうか。
「……兄貴」
背後から囁き声が聞こえ、男は振り返った。そこには、斧や棍棒などで武装した四人の男たちが控えていた。
彼らは山賊だった。
「さっさと、やっちまいましょうぜ」
部下の一人が急かしてきた。もちろん、街道を行く男女から身ぐるみ剥ぐつもりなのだ。
「まあ待て」
山賊のリーダーは部下たちを制し、二人組を更に観察した。
どちらも年齢は二十代中頃のようだが、いつもの獲物とは雰囲気が異なっていた。まず、大きな鞄を背負った女の方は、明るい赤毛に程よく小麦色に焼けた肌をしているが、その格好は街でよく見かける女性のものとは随分異なり、機能性高そうな半袖サファリジャケットと短パンを着ている。そして、より奇妙なのは男の方だ。季節外れの黒い外套を着て、更に真っ黒な黒髪をなびかせている。黒髪は一部の地域や上流貴族どもの間で不吉な存在として忌み嫌われているから、多くの黒髪の人間は、剃るか帽子で隠していることが多い。なのにあの男の黒髪は、周りに見てくれと言わんばかりだ。
長年山賊をやってきたリーダーはこの不思議な取り合わせの二人を不審に思い、襲撃をためらわせた。リスクは避け、獲物は絶対に勝てる相手に絞ること、それが山賊の心得なのだ。
「あんな奴ら、ささっとぶちのめしちまおうぜ!」
しかし、若い部下たちは、なかなか指示を出さないリーダーに向かって不満を漏らし始めた。
「それとも兄貴、怖気付いちまったのか?」
と煽ってきた部下の頬を、リーダーは強く殴った。
「誰が怖気付いたって?」
リーダーは部下たちを順に睨みつけていった。荒くれどもを束ねるリーダーは部下に舐められることを決して許してはならない。己が一番であることを示し続ける必要があるのだ。
「いくぞ、野郎ども! 俺について来い」
斧を手にしたリーダーを先頭に、五人の山賊たちが二人組に向かって歩き出した。
多少見た目が怪しくとも所詮は二人。しかもそのうち一人はか弱そうな女だ。対して山賊たちは屈強な男が五人。黒づくめの男の方に多少戦闘の心得があったとしても多勢に無勢、俺たちが負けるわけがない……、山賊のリーダーはそう自分を納得させた。
山賊たちは二人組の前に躍り出て道を塞いだ。女の方は驚愕の表情を浮かべたのに対して、男の方はわずかに俯いたまま、ぴくりとも動かなかった。
「おい、あんたら。命が欲しけりゃ金目のものを置いていけ」
部下の一人が低い声で脅した。
「えっ、えっ……、金目の物って言われても……」
女はおろおろとしながら後ずさった。
「逃がしゃしねえぜ」
別の部下が素早く、二人の背後に回り込んだ。女は「きゃっ」と悲鳴を上げた。
「さっさと出しな。その鞄の中に色々入ってるんだろ?」
「ど、ど、どうしよう……」
女は男の外套をぎゅっと握ったが、男の方は相変わらず視線を下に向けたまま、身じろぎ一つしなかった。
「へへっ、野郎の方は恐怖で動くことすらできねえようだな」
部下たちはニヤニヤと笑みを浮かべながら少しづつ二人組に近づいていく。リーダーも先ほどの心配は杞憂だったかと思い始めた。
「女の方はなかなかの上物だな。もう少し若かったら最高だろうが、それでも高く売れそうだ」
部下の一人が怯える女の腕に向かって手を伸ばしたその時、山賊のリーダーは顔面に強い風圧を感じた。突風でも吹いたのか? と思った直後、
「うぎゃあ!」
女の腕を掴もうとしていた部下が、苦悶の表情で腹を抱えてうずくまっていた。
何が起こった? 山賊のリーダーが二人組の方へ目線を動かすと、男の外套の中から握り拳が現れていた。黒づくめの男が部下を殴り倒したのだ。
「や、野郎!」
残りの部下たちは一斉に殺気立つと、それぞれ武器を構え直した。
「やっちまえ!」
棍棒を持った部下が黒づくめの男に襲いかかった。しかし男は素早く半身を引いて攻撃をかわすと、更には足払いで部下を転倒させてしまった。
「ふざけやがって!」
今度は、斧を構えた二人の部下が男に迫った。男は外套を翻した。山賊のリーダーの瞳に、男の腰にある剣の鞘が映った。
「ま、待て!」
山賊のリーダーは部下たちに向かって叫んだが、彼らは立ち止まることなく、斧で男を切りかかった。次の瞬間、シュッと鋭い風切り音が山賊のリーダーの耳に届いた。そして、どさりと何か重いものが地面に落ちる音がした。見ると真っ二つに切られた斧が転がっていた。
何が起こったのか? と愕然とする二人の部下に、更に黒づくめの男の拳が襲ってきた。顔面を殴られた部下たちは気を失って倒れてしまった。
黒づくめの男は倒れた部下たちを跨いで、山賊のリーダーの方に近づいてきた。リーダーは彼の手に握られた剣を見て驚嘆した。
その刃はすべての光を飲み込んでしまったかのように真っ黒だったのだ。
その時、髪、服、そして剣……その全てが黒いある傭兵の噂を、山賊のリーダーは思い出した。その界隈で彼は漆黒の剣士などと呼ばれているという……。
「た、助けてっ!」
女の悲鳴が聞こえた。黒づくめの男が振り返ると、先ほど転倒させられた部下が、女を羽交締めにしていた。
「野郎、この女がどうなってもいいのか?」
よせ! その男が噂の傭兵なら……。
しかし、山賊のリーダーが部下を止めようと声を発するよりも早く、黒づくめの男は部下の眼前に詰め寄ると、目にも止まらぬ速さで剣を振るった。
女の喉に回していた部下の腕が空高く舞った。
「えっ?」
ワンテンポ遅れて、己が腕を失ったことに気づいた部下は、激しい悲鳴を上げながらうずくまった。
「大丈夫か?」
男が女に向かって声をかけると、
「ごめん、スレイン。油断しちゃった……」
女は男に向かってぺこりと頭を下げた。
「ったく……」
舌打ちしつつ、黒づくめの男は再び山賊のリーダーの方を見た。
男は相変わらずの無表情だ。しかし、山賊のリーダーは直感した。彼は凄まじく怒っていることに。
ならば、取る手は一つ……。
山賊のリーダーは男に背中を向けると、全速力で駆け出した。
部下たちのことを見捨てて逃げていいのか? などとリーダーとしての責任など感じてはいけない。どんなことをしてでも己の命を守る事、それが最も重要な山賊の心得なのだから。
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