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 扉を潜り抜けた先は、路地裏のような薄暗い場所だった。

 敷き詰められた石畳。周囲の建物に高層のものはなく、殆どが石と木で出来た平屋という感じ。

 表現としては中世ヨーロッパとでも言うべき光景なのかもしれないけど、私としては『剣と魔法のゲームの世界の街』と言った方がしっくりくる感じだ。というか、そういう表現しか知らない。


 ふと振り返ってみれば、通ってきた扉は既になくなっていた。どうなっているんだ? どこで〇ドア?


「服装どうしますです? この時代の一般的なものに変えますですか?」


 端末を弄りながら、タントスさんが声をかけてくる。なるほど、部屋着のパーカージーンズでは目立ちすぎるか。


「変えた方がいいですよね? 住民と関わらない制約からすると」


 関りをなくすというのは、目立つなという意味でもあり、周囲に合わせて溶け込めということだと思う。路地裏から少しだけ見える街の風景。通りを行き交う人々に、私のような服装のものは当然居ない。

 ざっと自分を眺めて、服以外で何か目立つものがないか確認する。

 ふむ、服を変えればとりあえずいけるかな?

 そう思いながら顔を上げると……超目立つものあった!


 タントスさん亀じゃん! ファンシー亀じゃん!

 どーするの、それ?


「面倒であれば見た目だけ変えることもできるです。認識阻害の一種で、他人に見られても普通にしか見えないようにするのです。私は顔も変えないとなので認識阻害でいきますが、カレンさんが実際にこの世界の服を体験してみたいのであれば、今回はその手の制約も緩いので可能ですよ」


 そうか、四角四面に効率重視で仕事をこなせというわけじゃないんだね。

 あれだね、アットホームな職場というヤツだね。えっ、違う?


「結構自由なんですね」


「今回は……という但し書き付きです。基本的にワーカーは神様の指示にのみ従えばいいので、指示のない部分は全てワーカーの判断に委ねられるです」


 仕事だけこなせば、細かいことは言われないのかな。


「それと、これはワーカーの人によって異なると思うので、あくまでも私個人の考えですが。本当に納得できない場合には、神様の指示であっても従わなくて良いと思っていますです」


「えっ? それでいいの?」


 凄く真面目そうに見えるタントスさんにしては、意外な意見だった。


「良くはないです。おそらく、仕事自体は失敗に終わると思うです。でも、時にはどうしても……いや、新人の人に言うような事じゃなかったですね。すみません、気にしないでくださいです」


 苦笑を浮かべ、話を途中で切るタントスさん。

 いや、そう言われても気になるってば。


「タントスさんは、指示に逆らったことがあるんですか?」


 この場合、指示に逆らうというのは、神に逆らうという意味合いで至極恐ろしいものを感じるのだけど、大丈夫なの?


「えぇ、少しだけ。けど、それで罰を受けたりとかは、今のところないです」


 安心してくださいと言わんばかりのタントスさんの表情。

 そうか、失敗してもペナルティはないのか――


「つまり、仕事そっちのけで遊び惚けていても?」


 いや、本気でそうするつもりはないよ。ないけど、一応ね。

 物凄い住み心地の良い世界に、仕事に行く可能性だってあるかもしれないじゃん。


「流石に、目に余るものがある場合はどうかわかりませんです」


 あ、ちょっとタントスさんの目が冷たい気がする。

 うそうそ、そんなことしませんてば。

 ……多分。


「さ、どうします? 何とでもできますので、気軽に考えてくださいです」


「そ、それなら。ちょっとこの時代の服も着てみたいかな?」


 好奇心が疼く。

 こんな機会でもなければゲームの世界、もとい中世の服を着る事なんてないし。

 私の返事を聞いて、タントスさんが端末を操作する。すると、瞬時にして私の服装が変わっていた。


 おぉ、これは! 何となくそれっぽいぞ。

 名前は……わからない。かなりゆったりとした服で、体のラインはほぼ見えないんじゃないかという覆い方だ。袖は長く、先が大きく広がっている。瞬時に変わったので見てはいないが、下着も変わったようだ。袖から一部覗いているので白いのがわかるが、詳しくは脱いでみないとわからない。そして――


「ご、ごわごわちくちくする」


 布の質の問題なのだろうが、肌触りがどうもよろしくない。


「不便でしたら言ってくださいです。すぐに戻しますです」


「まあ、大丈夫。慣れてないだけだと思う」


 折角着たんだから、もう少し味わいたい。


「わかりましたです。それでは、お仕事を開始しましょうです」


 歩き始めるタントスさんに、私は慣れない服を踏んだりしないよう気を付けながら付いていく。


「あ、そうです。もう一つお伝えしておくことがありますです」


 歩みを止めることなくタントスさんが言う。


「何でしょうか?」


「これもまあ、私の考えでしかないのですが。ワーカーの仕事は、最終的には神様に責任がありますです。どんな結果になったとしても、カレンさんが気に病むことは一切ないです。それは心に留めておいてくださいです」


「は、はぁ?」


 どういうこと?

 ある程度の自由が許された環境で、責任を全て神様に押し付けていい?


 流石にこの年になれば、自由と責任の関係くらいはわかっているつもり。

 実際、中学生の時の修学旅行の自由時間は、廊下に正座という形で責任を取らされたし。うーん、嫌な思い出。

 それを、神様の責任にして良いというのは、少し納得できないものがある。

 納得できないだけで、文句は言わないけどね。楽そうだし。


 まあ、変な事しないで自重していればいいか。初仕事だしね。

 そんな決意(?)を胸に、私はタントスさんの背中を追いかけた。


 でも、ここでちゃんと考えておけば良かったかなと、後で後悔することになった。

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