第2話 吉野 天音 一


きみ、名前は?」


 四季しきさんが男子高校生に話しかける。

 いやいやいや、依頼人いらいにんだと分かったとしても、急すぎますって!?もうちょっとタイミングを見計みはからうとか…!

 四季さんに目で訴えたが、何も理解してなさそうな顔をしている。ハハ……なんでもないですよー…。

 ていうか僕、どうしてこの男の子が依頼人だって分かったんだろう…。四季さんに聞きたいことばかりだけど、今は一緒に仕事をすると言ってしまったし、仕事に集中しよう。


「は?なんで名乗なのらなきゃいけないんだよ」


 高校生が怪しいヤツを見るような目をしながらまゆひそめめ、四季さんを見る。いや、そうなるよな…。

 でも…こいつ……、女神めがみの四季さんになんて口の聞き方してるんだ!高校生だろ。さっさと思春期ししゅんき卒業そつぎょうしろよ!


「うーん…、君が依頼人だから?かな」


「依頼人?俺は静かそうな所を探していて、たまたまこの店を見つけただけだ。こんな店員がいるなら、もう…」


 男子高校生が帰ると言いかけた瞬間。


「思い出したいがあるんじゃない?」


 店内にいた他のお客さん二名は、こちらのことは気にもせず談笑だんしょう。もう一名は…多分、耳が悪いのか、僕らの話は聞こえていなさそうだ。

 そして僕らはと言うと、少しの静寂せいじゃくが続いている。

 …気まずいよ……。四季さん…僕も四季さんが何を言ってるのかよく分からないです。

 沈黙の中、四季さんが続ける。


「あるでしょ?思いだしたい記憶」


 四季さんが微笑ほほえむ。


五十万円ごじゅうまんえんで、思いださせてあげる」


 時間が流れていく。長い沈黙の後、男子高校生が険しい目つきをしながらも、口を開く。


「……本当か?でも金取かねとるのかよ…」


 それは僕も思った。仕事って言ってたし、依頼人からお金をいただくのは分かっていた。しかし、男子高校生に五十万円ごじゅうまんえん…、可哀想かわいそうだ。


「あはは…、ごめんね〜。無料でも本当はいいんだけど、私としてもお金はあった方がいいと思ってるから〜」


「…まぁいい、払うよ。ただ…今すぐは無理だ。分割ぶんかつとかできるか?月に二万円とかで。」


「うん、できるよ。それに高校生の時間は大切だからね。大人になってから払ってくれればいいよ」


 高校生が少しほっとしている。


「ありがとう。名前を教えろって言ってたよな…。俺は吉野よしの 天音あまねだ」


「そう、吉野 天音くん。……いい名だ。私は神崎かんざき 四季しき。好きに呼んでくれてかまわないよ」


 …あぁ、四季さんは誰の名前でも褒めるんだ。別に僕だけじゃなかった。まぁそりゃそうだよな…。


「それで、俺はどうしたらいい?何をしたら…思いだせる?とても…大切なはずなんだ。なのに、ずっと思いだせなくて……」


 天音くんは、今にも泣きそうな顔をしてる──が、突然、決意に満ちた目で。


神崎かんざきさん。思いだすためなら、俺はなんだってする」


「四季さん…」


 僕自身も何をするのか分からなくて、四季さんの方を見る。


「天音くん、君は何もしなくていいよ。ただ…目を閉じて、私とひたいを合わせてくれればいい」


 ──っ!?額!?四季さんと天音くんが、そんな至近距離しきんきょりに!?ずるい……。


「…は?……いや、分かった」


 同意したのを見て、四季さんが微笑んでいる。


來与人きよとくんは、私と手を繋いでね?」


 四季さんがてのひらを僕に差し出す。僕にまで、いいのか…こんなご褒美を。ゆっくりと慎重に手を繋ぐ。

 ───幸せだ。


「あっ…、その前に場所を移さなきゃ。二人共、こっちの部屋に入って?」


 手は握りあったまま、僕は四季さんに着いていく。

 天音くんも一緒に部屋に入る。入ってみると、喫茶店きっさてんの雰囲気とは程遠ほどとおい、和室だ。どうして和室なんだろう?


「よし、じゃあ始めよう」


 四季さんには聞く間もなく、二人が額を合わせた瞬間。僕たちは一斉いっせいに意識を失う。意識を失う直前に思った。


 ──あぁ、それで和室…。


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