第3話 吉野 天音 二


 ───ここ、どこなんだろう…。


 そんなことを考えて辺りを見渡していると、近くにいた四季しきさんが僕のかたに手を乗せる。


「ここは、天音あまねくんが思い出したかった記憶の中だよ」


「ひゃい!?」


 意味のわからない現象と、四季さんの手が僕の肩に触れているおかげで、変な声がでた…。


「……」


 四季さんが少し離れる。僕の反応に何か言おうとしたように見えたが、そのことには触れずに、人差し指をピンと立て、説明を続けてくれるようだ。


「…まず、私たちのからだ自体は喫茶店にあるよ。今の私たちは、三人の意識いしきつなげて存在しているの。私たちは夢の中で、自由に動けるんだと思ってくれればいい。つまり、明晰夢めいせきむみたいなものだね。それから、私たちはもう何もしなくていいからね。記憶屋としてのお仕事はもう終わったし、あとは、ことの成り行きを…記憶を、見届けるだけだよ」


 四季さんが、あっ…と言ってゆびさす方を見ると、天音くんがいた。天音くんではあるんだけど──身長が低い。それに顔も幼い。

 …小学生か?と考えていた時、四季さんが言う。


「小学生の頃かな?」


「僕も思ってました」


「ん…、ここ小学校みたい。北小きたしょうだね。」


 四季さんが校門近くの銘板めいばんをじっと見ている。


來与人きよとくんは、どこの小学校通ってた?」


南小みなみしょう


「へぇ〜」


「四季さんは?」


「私は私立しりつだったよ」


「ほぅ」


「え?」


「いや、なんでもないです」


 …やっぱり女神は違うんだな。私立のお嬢様校に通ってそうな雰囲気はあったし。

 小学校の外にある時計のはりは、3をさしている。

 下校時刻みたいだ。天音くんもこっちに向かってくる。横を見ると、四季さんがいなくなっていた。


「えっ…四季さん!?」


「來与人くんこっち!」


 声の方を見ると、四季さんが木の後ろに隠れていた。焦りを含んだ表情で手招きしているので、同じ木に急いで隠れる。


「私たちは、干渉しないように隠れて様子を見よう」


「干渉?」


 ふと四季さんの方を見ると──顔が近い。

 やっぱり美人だ…すごい綺麗……ずっと見てたい。


「あ、言ってなかった。私たちは天音くんの記憶…つまり過去にの」


「…は?」


「ん?」


「…いや、なんでもないです」


「そ?良かった」


「はい…」


 ──なんか、凄いことを聞いた気がする。過去に干渉できるということはつまり、過去を変えてしまえるということだろう。


「まぁでも、既に終わってるだからね。変えてしまえば、天音くんの思いだす記憶が、私たちのせいで変わるだけ。天音くん以外の現実には、何も影響しないよ。」


「なるほど」


 だから僕たちは、バレないように木に隠れてるんだ………シュールだな…。

 そんなことを考えていると、天音くんが校門から出てきた。四季さんと目を合わせて、おそらく意思いし疎通そつうしたんだと思う。同時に木から離れて、尾行びこうを始める。


「小さい天音くんかわいいね」


「そうですね」


 しばらく尾行していると、天音くんを追いかけて来たのであろう女の子が、天音くんと並んで歩き始める。


「…あの女の子が、天音くんの思い出したがってた記憶に、関係があるのかな」


「かも知れませんね」


 元気な女の子だ。見た感じ小学生の天音くんは、口数も少なそうだけど…、あの子とはそれなりに話しているようだ。僕にもあんな子がいたら…楽しかっただろうか。まぁでも…僕は小学生の頃なんて、もうほとんど覚えていないけど。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 諸月もろづき 千紗ちさは小学5年生の時、同じクラスで仲良くなった。初めて話しかけられた時はずっと無視していたが、あまりにもしつこく毎日話しかけてくるから、仕方なく話してみた。案外、楽しくて…それからは毎日話すようになり、今もこうして下校を共にしている。


『お前ら、付き合ってんの?』


『めっちゃ仲良いよな。どこでも話してるし、離れてる時の方が少ないしね』


『天音くんと、千紗ちゃんって両想いだよね』


 クラスメイトがそんなことを言ってきたり、うわさしているのを思い出した。千紗は、俺なんかとも楽しそうに話すし、笑顔が可愛い。好きになるのに時間なんてかからなかった。

 隣に歩いている千紗を横目よこめで見る。


 ──実際じっさい、お互いが両想りょうおもいだって気づいている。


 あぁ…ほら、目が合った。いつもそうだ。どこにいても、何をしていても…お互いがお互いの視線に気づいてしまう。


「なーに?」


「別になにも」


 こんな態度でいても、千紗は嬉しそうに…楽しそうに笑って、隣に居てくれる。


 周りがなんと言おうと、俺たちは別に変化を望まなかった。まだ小学生だし、付き合おうなんて言うつもりもない。好きだなんて言葉も、──俺が言うのは、ずっと後になるだろう。


 ただ、この日々がずっと続けばいいと思っている。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「…え!?」


 急に視界がぼやけたかと思うと、場所を移動している。何がどうなってるんだ。しかもなんか…


「暑い…。なんでもありなんですね、記憶の中って」


「うん…暑いね。夏になったみたい。それに、天音くんが制服を着てる。現実で着ていた制服とは違うから、中学生のようだね」


 着ている服の袖口そでぐちをまくり上げる。本当に暑い…。現実ではないが、汗が止まらない。

 季節と同時にシーンも変わったようだ。天音くんと女の子は、公園のブランコで話している。僕たちも近くのベンチに座り、遊んでいる子供たちを見ながら、聞き耳を立てて話に集中する。


「なぁ千紗ちさ、俺さ…」


「うん?どうしたのー?天音あまね


 これは……ついに告白するのだろうか?青春だなぁ、なんて思っていると


 ……あっ!


「俺、お前のこと……っは?!」


 突然、子供たちが遊んでいたボールが、天音くんの方に飛んでいく。ボールは避けてキャッチしたみたいだが、告白は出来ず、別の話を始めたみたいだ。


 天音くん…ドンマイすぎる。


 ──再び視界がぼやける。

 今度はさらに暑い。夏真っ盛りみたいだ。四季さんと二人で、先程と同様に観察していると、あの女の子が現れない日が続いた。初めは夏休みだからかと思っていたが、天音くんの様子を見るに……違うようだ。

 僕と四季さんがその理由を知ったとき、僕は身勝手にも


 ──忘れたままの方が良いんじゃないだろうか、なんて思ってしまった。





 ───────────────

 次回、おそらく天音視点から入ります。

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記憶屋〜四季さんと僕のお仕事〜 椿 結ウリ(ツバキユウリ) @tubakiyu_ri

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