記憶屋〜四季さんと僕のお仕事〜

椿 結ウリ(ツバキユウリ)

第1話 出逢い


 ─僕と神崎かんざき 四季しきの出逢いは突然訪れた─


 大学二年生の春。一年生の時と同様に通学していると、大学付近にある公園…桜の木の下で、誰もが振り向くような美人がいた。

 一目惚れだった。春の女神がいるのなら、きっと彼女だろうと思わされるほどの美貌とスタイル、春風に吹かれるロングの黒髪。


「…す……好きです」


 普段は絶対にこんなこと思っていても言わないし、自分から話しかけたりもしない。大学でも目立たないように生きているこの僕が、告白してしまった。

 周りにいた数人の視線が一気に降り注いで、俯く。


 ……終わった…。


 フラれると分かっていたのにどうして告白してしまった?

 だいたい僕には、毎朝夢にみる好きな子がいるのに。ずっと…顔も鮮明でないその子を思って生きてきたのに。それすらどうでも良くなるくらい、この目の前の女神は……悔しいほどに綺麗だ…。


「……」


 黙ったままの女神に、早くフッてくれと心の中で唱えていると、突然クスッと笑う声が聞こえる。

 何だこの女神…声まで綺麗なのか。


「待っていたよ。君の名前は?」


 …え?


 慌てて顔を上げて答える。


「橘……たちばな 來与人きよと


「來与人か…珍しい名前だね。私は四つの季節って書いて、神崎かんざき 四季しきだよ。よろしくね」


 あぁ…四季の女神だからこんなに綺麗なのか。春の女神どころじゃないよな、そりゃあ。


「待ってたって…、僕を?」


 相変わらずの綺麗な顔に加え、微笑んで


「そう、君を。早速だけど、着いてきて欲しいんだ〜」


 腕を掴まれて引かれる。

 大学があると言おうとはした──が、そんなことはどうでもいいと思えるくらいに僕は今、目の前の神崎かんざき 四季しきと名乗る女神に夢中で、その後ろ姿にさえも……目が離せなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 しばらく歩いた後、商店街の目立たなくて誰も入らないような場所にある、喫茶店『𝐌𝐞𝐦𝐨𝐫𝐢𝐞𝐬《おもいで》』に案内される。


「ただいま〜!お祖母様ばあさま、ありがとうね。もう休んでてよ」


 店内には年寄りのおばあさんと、客は二人…いや、三人。女神にカウンターに座るよう促され、椅子に座る。


「いい所でしょ?今は私が経営してるの。さっき居たおばあちゃんが祖母でね、お店を継いだんだ」


「はい…。落ち着きます。」


 目の前で嬉しそうに笑っている女神は、僕に一体なんの用があるんだろう。好きだと言ってしまったことには、触れてくれていないが…。


「何か飲みたいものある?コーヒーでいい?」


「あっ、はい…!」


 ソワソワして待っていると、コーヒーの香りがしてきて、差し出される


「はい、どうぞ。……私が君をここに呼んだのは、私と一緒にお仕事をして欲しいからなんだ」


「仕事?バイト的な?でもどうして僕に…?」


「うーん…それはね來与人きよと君、君にしか出来ないからだよ。」


「僕にしか…?」


 コーヒーを飲むよう促されて、飲みながら話を聞く。


「ここ、『𝐌𝐞𝐦𝐨𝐫𝐢𝐞𝐬《おもいで》』はね。表向きは喫茶店なんだけど、三代前から受け継がれている『』っていうお仕事もあって…。」


 突然女神が僕の手を握ってきたせいで、体がこわばる。


「でも私、君がいないと駄目なの。だからお願い!私とお仕事して!?」


「僕がいないと…?どうして……」


「…だから。言ったでしょ?待ってたって。ね?お願い」


「…っ、はい!」


 嬉しそうに─いや、安堵あんどしたように目の前で女神が笑っている。

 断れなかった。どうにかして女神との─神崎かんざき 四季しきとの出逢い─を、とやらを、繋ぎ止めておきたくて。


「ところで…僕は何をすればいいんですか?」


「えっとね〜、ただ見つけてくれればいいんだよ。依頼人を」


「…え?それって、いろんな人に声掛けろみたいなことですか?無理ですよ僕、陰キャだし…、初対面で話したりできないです。本当はめが……四季さんに話しかけれたのも奇跡なんですから」


 クスクス笑いながら、四季さんが答える。


「そういうのじゃないよ。依頼人には会えば分かるから。言ったでしょ?運命だって」


「なんですかそれ…、そんなの分かるわけない……」


 突然、店のドアのベルが鳴って視線を移した。高校生くらいの男の子が、店に入ってくる。一目見て分かった─依頼人は彼だ─。

 すぐに四季さんの方に顔を向け、目を合わせる。


「四季さん……!本当に…」


 四季さんが意図を理解して頷く。


「運命は始まったばかりだよ」


 ここから、僕と四季さんの記憶屋としての仕事が始まった。



 ───────────────


「記憶屋」を読んでいただきありがとうございます。椿 結ウリ(ツバキ ユウリ)です。

 書き初めたばかりで未熟者ではあるのですが、楽しく最後まで書きたい…書ける!と思えるような作品ができたなと思っているので、完結まで応援して頂ければ嬉しいです。

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