青行燈と巫女

淡島かりす

夢について

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。最初に見たのは1ヶ月より少し前。しかしそれが1回目だと認識したのは、同じ内容の夢を3回見たあたりだった。それほどまでに他愛のない夢。夢らしい夢とも言える。

「変なことは夢だけで十分なんですけど」

 美鳥れんこは石灯籠の上にしゃがみこんでいる相手に口を尖らせた。時刻は夜の9時。夜遅くと言うにはまだ少し早いが、町の高台にある神社は敷地内に点々としか照明がなく、しかもそれも1つ2つ常に消えてしまっているから、もう殆ど暗闇と言っても良かった。石灯籠の中にもLED照明はあるが、祭りの時などにしか使われないため、今は沈黙を保っている。

 そんな中でもれんこは普通に相手の姿を確認出来ていた。高校ではクラスの一番後ろの席で不自由しない程度には視力がいいが、見える理由はそれだけではない。相手の身体の周りを鬼火のようなものがいくつも漂っているからだった。

 その鬼火を視認したのは、僅か10分前のこと。閉店間際のスーパーで茄子が安くなっているのを見つけて飛びつくように買って、明日はしぎなすにしようか生姜焼きにしようか悩みながら、神社に続く階段に足をかけた時に見つけた。そのため、れんこの今の格好は高校の制服にナスの入ったエコバッグという形であるが、本人も相手もそのあたりは気にしていない。

「ほぅ、私を見ても動じないとはな」

「これでも渡巫女として色んな経験はあるんですぅー。というかそっちもアタシが視えるのわかってここに来たくせに」

 この国には神社がコンビニよりも多く存在すると言われている。しかしそのいずれにも神主や巫女がいるとは限らない。それどころか昨今は後継者不足に悩まされて棄てられてしまう神社すらある。そういった神社、神々を救うために、期間限定あるいは地域限定で神社を渡り歩く巫女や神主がいる。れんこはその1人で、神様やそれに近い存在には慣れっこだった。

「貴方、何? 神様じゃないですよね」

 鬼火に囲まれた相手は、見たところ若い男に見えた。長い髪を無造作にまとめ、額からは角が2本捻れて生えている。鬼火に照らされた顔は整っているが、口の中の歯は真っ黒に塗られていて、身にまとった白い着物と相まって不気味だった。

「私は青行燈。妖怪だ」

「青行燈って百物語の最後に出てくる女の妖怪じゃなかったっけ」

「別に男だっている。ただ、映えの問題で女の方が有名なだけで」

「妖怪の口から映えとか聞きたくなかったなぁ」

 れんこは思わず呟くが、青行燈は気にした様子もなく続ける。

「まぁ昨今、誰も百物語なんてやってくれないからな。私たちとしても酷く退屈なわけだ。なので最近は人間に同じ夢を何度も見せて怖がらせるのがプチブームとなっている」

「変なもの流行らせないでくださいよ。お陰で学校でもその噂話で持ち切りなんですから」

 れんこが通う高校では、ある夢に関する噂が広まっていた。夢の内容はバラバラだが、共通点が2つある。1つは同じ内容を短期間で何度も見ること。そしてもう1つは白い着物を着た若い男が、夢から醒める直前に夢を見た回数を教えてくれること。同じ夢を10回見た者はおらず、それは十回目で死んでしまうからだと言われている。

「で、なんでアタシのところに? それとも神社に用事ですか?」

「神社にちょっかいかけるつもりはないさ。妖怪ってのは時と場合によっては犬よりも格が低い」

 青行燈は灯篭の上で器用に体勢を変えると、両肘を灯篭の上端に引っ掛けるようにして、顎の下で両手を組んだ。

「お前さんが全然怖がらないから、何故だろうと思ってね。こっちは人間に怖がってもらわないと具合が悪い」

「それ知ってどうするんですか?」

「市場調査だ。問題点を洗い出して、怖さをブラッシュアップしてフィードバックを行う」

「妖怪らしくない言葉の羅列が寧ろ怖いんですけど……」

「言葉というのは変質するものだ。ウザイはウザイという言葉でしか伝わらないニュアンスを持つし、エモいを完璧に言語化出来るものはいない」

「どこで覚えるんですか、そんなの」

「ワールドワイドウェブだ」

「インターネットのことそんなふうに表現する妖怪いるんですね。斬新」

「で、何故お前さんは怖がらない? 既に同じ夢を9回見ているはずだ」

 青行燈の両目が細まり、れんこを真正面から見据える。

「大抵の人間は、短期間に繰り返される夢とカウントアップに、勝手に想像力を膨らませて恐怖する。恐怖から逃れようと開き直ったり忘れたフリをする者もいる。しかしお前さんにはそれがない。もしかすると私たちのことを知っているのかと思ってここで待っていたのだが、先程の話からすると、お前さんが私……青行燈を認識したのは今日が初めてのようだ」

 れんこはそれを聞いて首を傾げた。

「うーん……そのぉ、仕事柄といいますか、なんとなーく神様とか妖怪とかが関わってそうな話だなと思ってて」

 手持ち無沙汰にエコバッグを揺らしながら話を続ける。

「あとなんか、10回見たら死ぬとかあまりに使い古された手口だなって思いましたし」

「そう? 10進法でわかりやすくない?」

「それに、随分勝手な話だなーって。勝手に夢見させて勝手にカウントアップするの、ストーカーみたい」

「えっ」

 青行燈は素っ頓狂な声を上げた。

「私が付き纏いだと」

「そこは古い言い回しなんですね……。こっちは夢を見たいとも見たくないとも言ってないのに、勝手に人の夢で遊ばないで欲しいなって。そう考えたら怖いよりもムカついてきました」

 れんこはそこで毎日徐々に蓄積してきた怒りを表すかのように大きくため息をついた。青行燈がビクリと肩を跳ねる。

「こっちは毎日神様のお世話で大変なんです。ここの神様……の弟神様は放っておくとすぐに不貞腐れるし、シスコンだし、お掃除も手伝ってくれないし。子猫ばっかり集めるから、毎日もふもふしなきゃいけないし。だから夢のことにまで構ってられないんですよ。それでもまだ単に夢見せてくるだけなら我慢しましたけど、何を調子に乗って私の前に来たんですか。あれですか。怖がってくれないから意味ありげな感じに脅してみたくなったんですか」

「いや、あの」

 思わぬ剣幕に青行燈は怯む。しかしれんこは止まらない。

「夢を見せて怖がらせたいなら、夢の中で勝負してください。カードゲームで負けたからって相手を殴る人みたいでしょ。それって正しいんですか」

「なんか面と向かって言われると、とても恥ずかしい気持ちになってきた」

「怖がってもらえないのを人間のせいにされても困ります。妖怪は人間に畏怖してもらう存在かもしれませんけど、畏怖しろって強制するのはちょっとなんかプライドないのかなって思っちゃうので。こんなこと人間に言わせないでもらえます?」

「大変申し訳ない」

 先程での悠然とした態度はどこへやら、青行燈は悲しそうな顔で灯篭の上に正座する。

「大体、その分だと10回目を見せるつもりはないし、仮に見せた時のプランもないんでしょ」

「いやまぁ、怖がってもらうのが本旨なので」

「だから怖がらせ方が曖昧になるんです。10回見たら死ぬなら、ちゃんとそれを匂わせないと。青行燈さんってそもそもどういう力があるんですか?」

「百物語が終わった時に出てくるだけ……」

「なるほど、元から他力懇願なんですね」

「別にそういうわけでは」

「まずはいくつかのプランを作って下さいよ。そしたらそれ見てダメ出しするんで。ふわっとした「なんで怖がらないのか」みたいな質問だけされても令和の女子高生には荷が重いんです」

「妖怪に怖がらせるプラン作らせるのは荷が重くないのか……?」

 青行燈はそう呟いたが、れんこの耳には届かなかった。

「いつまでに出来そうですか」

「えーっと、3日頂ければ」

「わかりました。じゃあそれまでにこちらは神様に話を通しておきますから」

「神様に見せるのか?」

「私、雇われ巫女なので。神様には話を通さないと。じゃあ3日後にまたここで。リスケが必要なら言ってください」

 じゃ、とれんこはそのまま踵を返した。青行燈が何か言いたげだったが、それに付き合う暇はない。今から明日の朝ごはんの仕込みをしなければいけないし、学校の宿題もしなければならない。

「ま、今日は普通の夢が見れそうかな」

 怖くはないがそこそこ迷惑していた夢が少なくとも3日間くらいは見なくて済みそうなので、れんこは機嫌良く微笑んだ。

 後日、仕える神様に呆れられながら「妖怪を刺激するな」と怒られたことは言うまでもない。

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青行燈と巫女 淡島かりす @karisu_A

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