第2話 断片の光
健太は学校の帰り道、無意識にいつもと違う道を歩いていた。何かに引き寄せられるように、住宅街を抜け、小さな公園の前で足を止める。そこには古びたブランコがあり、春の風に揺れてかすかにきしむ音を立てていた。
「……ここ、知ってる気がする」
健太の胸がざわめいた。この場所に来た記憶はないはずだ。それなのに、懐かしさと同時に、胸の奥に鋭い痛みが走る。まるで、この公園が彼の失われた記憶の一部であるかのように。
ふと、ブランコのそばに咲いている白い花が目に留まる。それは夢の中で少女が手に持っていた花と同じものだった。「これ、どこかで……」健太は花に手を伸ばしかけたが、そのとき背後から声がした。
「……健太、君?」
驚いて振り返ると、そこには見覚えのない少女が立っていた。制服は健太の学校のものだが、彼のクラスメイトではないようだ。少女は短い髪を風に揺らしながら、じっと健太を見つめている。
「え……僕のこと、知ってるの?」
健太が尋ねると、少女は一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべ、微笑んだ。
「もちろん知ってるよ。でも、君は覚えてないんだね……私のことも、この公園のことも」
その言葉に健太の心が大きく揺れた。彼女が何者なのか、全く思い出せない。だが、確かに彼女の声や表情には、どこか懐かしさを感じる。
「……君は誰? 僕のことをどうして知ってるの?」
健太が必死に問いかけると、少女は少しだけ視線を落とし、白い花を指差した。
「この花、覚えてる? あのとき、健太が私にくれたんだよ。ここで」
少女の言葉は、健太の記憶の奥底に眠る何かを揺さぶった。だが、それはすぐには形を成さない。ただ、胸の奥にずっと感じていた喪失感が、少しずつ具体的な形を取り始めるような気がした。
「……ごめん。僕、何も覚えてないんだ。でも、知りたい。君が誰なのか、僕がどうして記憶を失ったのか」
健太の言葉に、少女は静かに頷いた。
「うん、全部話すよ。だけど、その前に約束して。最後まで、私の話を聞いてくれるって」
「約束するよ」
そう答えた瞬間、健太の中で何かが弾けるような感覚がした。まるで、閉ざされていた扉が少しだけ開き、光が差し込んでくるような――。
少女はブランコに腰掛けながら、ゆっくりと話し始めた。
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「あの日、健太は私を助けてくれたんだ」
少女の言葉に、健太は耳を傾ける。彼女の声は穏やかだったが、その奥にはどこか切なさが混じっていた。
「覚えてないかもしれないけど、私、いじめられてたんだ。中学の頃。誰も助けてくれなくて、毎日がすごくつらかった。でも、健太だけは違った」
少女は健太を見つめた。その目には、涙が浮かんでいるようにも見えた。
「健太は、私のことを笑わせてくれた。何も言わずにそばにいてくれた。ここ、この公園で。毎日、学校の帰りにここで会って、いろんな話をしたよね」
健太は頭を抱えた。彼女の言葉を聞くたびに、胸が締め付けられるような痛みが増していく。何か大切なものを思い出せそうで、でもまだ掴み切れない。
「でも、ある日突然、健太はここに来なくなった。学校でも会えなくなって……その後、君が事故に遭ったって聞いたんだ」
「事故……?」
健太は驚きで声を上げた。彼が記憶を失った原因。それが、事故だというのか。
「そう。健太は私を助けようとして、車に跳ねられたんだ。私があのとき道に飛び出したから……私のせいで……」
少女の声が震える。健太は彼女が何を言おうとしているのかを理解した。
「君のせいじゃない!」
健太は力強く言った。
「僕が助けたかったんだ。それは……きっと間違いじゃない」
その言葉に、少女は少しだけ目を見開き、涙を流した。
「……ありがとう。でも、健太の記憶が戻らないのは、私が関係してると思う。だから、もし全部を思い出したいなら……もう一度、私とここに来て」
少女の提案に、健太は静かに頷いた。記憶の断片が少しずつ繋がり始めている。そして、その先にある真実を知るために、健太は彼女と共に過去へ向き合う決意をした。
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