記憶の破片と白い花【KAC20254 あの夢を見たのは、これで9回目だった。】

えもやん

第1話 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」


 目が覚めた健太は、額にうっすらと汗を滲ませていた。息が少し荒い。夢の中の光景は鮮明だ。自分と、そして一人の少女がそこにいる。少女は何かを話していて、笑っているようにも思える。


 だが、その言葉はどうしても聞き取れない。彼女の顔も、どこかぼやけていて、目が覚めるたびにその輪郭が揺らめくような感覚に襲われる。


「……誰なんだろう」


 健太はポツリと呟いた。その声は自分でも驚くほど弱々しかった。彼女が誰なのか、どうして一緒にいるのか、どうしても思い出せない。それどころか、自分自身の記憶すら曖昧だ。


 夢の中で確かに「自分」だと思う存在がいるのに――現実の自分とは少し違う気がする。


 まるで、夢の中の自分が「本来の自分」で、今の自分が仮面を被っているような感覚。


「何か……忘れちゃいけないことがある気がするんだ」


 胸の奥に何かが引っかかる。まるで、大切なものを失くしてしまった後のような、ぽっかりとした空虚感。


 だが、それが何なのか、どうしても掴み取れない。夢の中で確かに感じた温かさ、少女の笑顔……それは記憶の断片か、それともただの幻想か。


 健太は布団に座ったまま、窓の外を見つめた。曇り空の中、風の音だけが静かに響いている。


「もし、夢の中のあの子が本当に知ってる人だとしたら……どうして忘れちゃったんだろう?」


 自分が記憶喪失であることは知っている。だが、原因は誰も教えてくれない。家族も、学校の友達も、「今はゆっくり休めばいい」としか言わない。


 まるで、何かを隠しているような気さえする。健太は拳を握りしめた。


「……もう一度、あの夢を見たい」


 それが現実かどうかなんて、今はどうでもいい。ただ、あの少女が誰なのか、そして自分が本当は誰なのか――その答えが夢の中にあるような気がしてならなかった。


 彼は目を閉じた。夢を見ることを願いながら、胸にある正体不明の喪失感を抱きしめるように。

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