「夜の果てへの旅」

というのはセリーヌの作品ですが、セリーヌはさておいてまずガンダムの話をします。

先日、とある漫画家の方が某ガンダム作品について「どうしても主人公に共感できない」旨、悩んでいることを発言されていました。なぜそうなるに至ったかの諸事情はともかく、それを見た自分としては共感や感情移入だけが物語を楽しむ方法ではないよな、などと思いまして。
そして、本作を読んでまさしくそういう感慨を抱いたものです。これは共感ではない。感情移入ではない。もしも「共感しました!」などと書いてしまえば、それは綺麗かも知れないけれど嘘になる。自分自身とは全く異なる環境に置かれたひとたちの必死の行為は、軽々しく共感できるようなものでは、無いでしょうから。

それでも、共感でも感情移入でもない感覚がページをスクロールする手を止めさせません。はいいま嘘を書きました。あまりにヘビィな物語なので、インターバルを置かないと読めませんでした。この感覚をひとことで表すならば

 不 安

でありましょう。この先はどうなるのか。ふたりは大丈夫なのか。周囲の人間は大丈夫なのか。いつかなにかが爆発するのではないか。暗い夜の底を手探りで疾走していくような不安と危機感が、ストーリーを駆動させるエンジンになる。


<注意!この先には重大なネタバレがあります>




お話が幕を開けた時点で、既に不安は始まっているのですね。ふたりの主人公の名前、「夜見」は「黄泉」に通じるものだし「千代」は永遠という意味です。永遠の死、人は死んだ後にはもう死なないので、ただ永遠が残る。そんなことを考える。
ふたりの周囲の人間も、決してわかりやすい救い手にはならない。榊さんはお供え物のようだし智ちゃんは友としてこれはどうなのか……

あれ?いまおれなんで「ともちゃん」って読んだんだ?ルビなんかあったっけ?「さとるちゃん」でないのは何故なんだぜ??

美奈萌さんは水面にたゆたう人のようでなんだか……なんだか「にゃも」って感じで……

あっこれ全員「あ〇〇〇〇王」の登場人物の名前だ!!!!!!


それに気が付いたらちょっと安心しました。どれほど夜の底が深くても、どれほど夜の果てが遠くとも、大きな不安に襲われても、なにかが爆発しようとも、ふたりの行く末を信じて読み進めましょう。夜とは明けるものです。

「夜が明けるとどうなる?」
「知らんのか 日が昇る」

……コブラじゃねーか(´・ω・`)

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