第31話 明日も楽しみだなぁ

社会さんも煙草吸うんだ、と今知った驚きと、邪魔しちゃいけないかな、という気持ちで声をかけるのを躊躇ったが足音で社会さんが僕に感付き、目が合う。社会さんはにっこりと微笑んだ。




「迷ってる?」




この人はすごい。人の心を読み取る機能でも持って生まれてきたのかと思わされることが今までも多々あった。何でも見透かされているような感覚になるので、隠しても無駄だななんてことももうわかってる。




「昔ね、このコンビニで働いてたバイトくんがいたんだけど、あ、今は職種変わったんだけどね」



社会さんは煙草の煙を空へ燻らせながら話を始めた。



「彼はね、ここに入ってきた時、未来に何も希望がない、明日なんて来なくてもいいと思ってたんだ。けど“成り行き”でここに来るようになって、初めは失敗ばかりで一般社会に馴染めなくて、借りを返したらすぐにこんなところ辞めてやるって言ってたんだ。あ、その子は裏社会にいた人間なんだけど」



何だかまた物騒そうな話だ。でもこのコンビニに来てからは普通の話だなと思えてくるようにはなった。



「でもその子はちゃんと役割を果たして、数年後に違う仕事についたんだ。自分の納得のいく道を選択してね」


「…自分のどの声を信じればいいかわかりません」



僕の心が漏れ始めた。



「まがいなりにも普通に生きていきたいのなら、世間の基準から大きくずれちゃいけない、正社員の仕事を探した方がいいという声もいます。僕なんかが今更できないのかもしれないと言う声もいます。正直、このシャフマートが居心地良くて、ここにいたいという声もいます。でもすぐにさっきの“まともぶった僕”が声を被せてきます」



社会さんは小さく笑った。



「それはもう、自分の中で答えが見つかってるのに宝探しを続けてる状態じゃなくて?(笑)」



僕は敢えてそれに対して何も言わないことにする。



「その人はどの基準に従って自分の進路を決めたんでしょうか」


「そんなの簡単さ。明日が来るのが楽しみかどうか。それだけだよ」


「え?」




眠る前に明日が来るのが楽しみだなと思えるかどうか、起きるのは辛いけど、それでも明日はどんなことがあるかな、明日もまたあそこへ行ってみようかなって思えるかどうか。人生はそんな毎日の繰り返しさ。死ぬ時に人生を振り返る瞬間が訪れるなら、その日のご飯を美味しく食べられるか。それが全てだよ。だから今日の夜、自分の胸に聞いてみて。そして明日、契約最終日、また俺に教えて」



社会さんに言われた通り僕は家に帰ってから考えてみた。ご飯を食べてお風呂に入って。布団に入った。



明日は…国語さんとシフトだったかな。そういえば数学さんが仕入れたドリンクの検品、1つ国語さんがぶちまかして数がずれたことメモしてくるの忘れたな、英語さんのお兄さんは大丈夫なのかな、僕にできることってないのかな。理科さんがそういえば新しいポップを作ってくれてたからそれを貼らなきゃ。明日は…




明日も…













「何や言うてた?道徳くんは」


「あ、お疲れですオーナー」


「引き止めてくれたぁ?抜けて欲しないなぁ」


「どうでしょうね。まぁ道徳くんはいずれ、“どこかで”正社員をするんじゃないんですかね」


「…“誰かさん”のように?バイトからそのまま本社の人間になって?」


「ふふ、そしたらオーナー、今より経営みっちり切り詰められそうですね」


「今のコッテリ監視で十分絞られてるっちゅーねん、あーこわこわ」


「お陰様で儲かってますよ」


「言うようになったなぁ。昔はあんなに店の利益なんてどうでもええ言うてたのに」


「今でも結構どうでもいいっちゃいいですけどね」


「えぇ!?」


「ふふ、オーナー煙草火消えてますよ」


「あ!ちょっと買ってくるわぁ」





社会は空を見上げた。今日は星が綺麗に見える。








「明日も楽しみだなぁ」

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