第30話 誰が自分の人生を決めるのかな

「え?」


「他人の意思決定で自分の人生左右されルノ?」


「…」





ズシリと重くのしかかる言葉。僕はお礼を言って冷蔵庫の中を出る。





「…誰の満足…」




考えながらバックヤードの扉を開けた。






「そりゃぁ、反社に足を一歩踏み入れた僕を受け入れてくれたのはここだけだしねぇ」



フライヤー室で新商品の唐揚げの試作を作っている理科さんの元へ。油の通り方を見ながら僕の質問に答えてくれた。何で本格的な科学者みたいに白衣着てるのこの人。



「自分を受け入れてくれた場所への恩返し…ですか」


「うーん恩返しするぞ!って感じなわけではないんだけどね、ほら、僕ってこんなにイケメンだから多分モデルとかもできちゃうわけで」


「……」



沈黙が正解。



「何ていうのかなぁ、気に入ってる場所が見つかったのならそれって肩書き云々には変えられないものだと思うんだよね。そこでどう楽しく仕事をするか!」


「どう楽しく…ですか」


「そ〜そ!遊びだよ道徳っち!遊びこそが人生を楽しくするんだよ〜!」




当たり前のようにいるな美術さんこの人。もうお客さんすら美術さんがフライヤー室にいることに疑問を持ってないぞ。



でも、成程。数学さんも理科さんも、自分を受け入れてくれたこの場所で役割ややりがいを見つけたってことか。そして多分、彼らの経歴的に一般社会へのログインが厳しかったこともあって。でも僕は…選択肢が手元に転がってしまっているからこそ、悩んでしまう。





「英語さんはどうしてですか?」


「んぁ?何がッスか?」




おっといけない。僕の頭の中で話が繋がっているからといって英語さんにも脈絡を無視して話しかけてしまった。英語さんは僕と同じ休憩中で、裏で自分で作ったのかわからないがウインナーや卵焼きの入ったお弁当を食べていた。




「どうしてこのコンビニで働くんですか?英語さんは…あの、勿論お金に目がないことは存じ上げているんですが…そしたらもっと給料のいいところとかあるのにどうしてかなって」


「え…」



英語さんは少し驚いたように元々丸い目を開いて、食べるのを中断した。



「まぁ俺中卒だしぃ?1回町工場で正社員で働いたことあるんスけど、金はめっちゃよかったんスけど超絶ブラックで〜そこの社長と喧嘩しちまってクビになったんスよね〜お前みたいな半グレ入れてやったのに何だその態度はー!つって」


「は、半グレ…?」


「あ、んーとまぁ…俺昔はちょっとだけヤンチャしてたっていうかぁ…」


「そこの金髪外国人かぶれはこの辺では有名なクソヤンキーでしたよ〜」


「あぁ!国語さんやめろッス言うな!」


「へ、へぇ…」




新しい本を裏に取りに来た国語さんがついでのように口走っていった。両替しに来たんじゃなくて本変えにきたのかよ。


やっぱり英語さんも…うんまぁ、もう慣れたよ。うん。




「このコンビニが受け入れてくれたからですか?」


「いやまぁ、それもあるっちゃあるッスけど…俺兄ちゃんに言われたんスよ、お前が辛いことをして金を稼ぐなって」


「お兄さんに?」


「俺の兄ちゃん、病気で寝たきりなんスよ」



初めて聞いた。そして聞いてはいけないことを聞いてしまったという後悔が襲ってくる。




「すみません変なこと聞いて」


「別に。みんな知ってるし。兄ちゃんは俺を一人で育ててくれたから、俺は何がどうなっても兄ちゃんの入院費を稼ぐんス。で、昔ブラック企業に勤めてた時は…多分兄ちゃんから見て俺の顔が死んでたんでしょうね。兄ちゃんが泣いたんスよ、どんな状況でも愚痴一つ溢さなかったのに。お前が辛いことまでして金なんて稼ぐ意味ないって」


「…」


「最初は意味わかんなかったッスね、金稼ぐ必要あるに決まってんじゃんて。だからブラックだろうが何だろうが高い給料貰えんならいいだろって。けど、しばらく考えてわかったんス。このお金は兄ちゃんを幸せにしてないんだなって」


「幸せに…」


「ま、そーゆーことッスね!俺がここで働く理由は!ていうか道徳さんさっき社会さんに呼ばれてたッスよ」


「えっほんと」




僕は慌てて当たりを見回す。英語さんにお礼を言い店の中に出る、さらにいつもの軽快な音楽を聞いて外に出ると、夕方だというのに外は既に暗かった。社会さんは店の裏側で煙草を蒸していた。

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