第24話 “遊び”

美術は絵が上手くて、僕はそれが大好きだった。美術が描いてくれた絵を両親に見つからないようにひっそりと保管した。この時期にはそんな美術に興味を示す“悪い奴ら”の存在が見え隠れするようになって、美術も新しい刺激に反応してスリルを求めるようになった。




「商店街にスプレーで絵を描いたから見に来て…?何やってるの、捕まっちゃうよ美術、やりすぎだよ」


「…?理科くん何言ってるの?芸術は常織に囚われてたら完成しないんだよ?」


「それとこれとは別だろ?」


「何お堅いこと言ってんのさぁ…あ、そうだ理科くん!こないだ理科くんが作った“薬”!あれもうちょっと強力にできないかな♪?芸術の見える世界に行きたいっていう人がいるんだよね♪」


「薬なんて大袈裟な…あれはあくまでお菓子だよ」



僕の実験的に作ったお菓子はどうやら糖度が高すぎたらしい。いや、目の前が楽園になるようなお菓子を作ってよ、と言われてとのことだったけど、僕だって無意識にそうしてしまったわけじゃない。でも僕は、それのせいで目の前で狂っていく人間がいることが怖くなってしまった。僕はこの時もう、引き返せないところにいたんだ。



そこからは早かった。悪どいもので人を狂わせたとして学校は退学、親からは勘当、僕と美術は一般社会からはみ出てしまった。



「つまんない人ばっかり。ねぇ理科くん次はどんなことをして遊ぶ?」



美術の目はイカれてたと思う。



「もうこれ以上…人を巻き込む遊びはしちゃダメだよ」



勇気を振り絞って言った言葉だった。でも僕はすぐに心臓を嫌な方向に跳ねさせた。美術の顔が今まで見たこともないほどに影を落としていたからだ。



「理科くんまでそんなこと言うの…?」





僕はあの時美術を止めてあげなくちゃいけなかった。でも弱いばかりにそれができず、弱いばかりに唯一の糸さえ切らしてしまった。










「もう何年も前の話だけど、今も美術があの目をしてるなんて思わなかったなぁ」




シーンとするバックヤード。客の出入りするメロディとレジに駆り出されたオーナーの声だけが響く。



静けさの中、口火を切ったのは国語さんだった。





「話長ぇええええよッ!」


「い゛っだぁ!?何するのさ僕の美しい顔に…!」


「つまりぃ?まぁ兎にも角にもお前の仕事は続いてたってわけだろ」


「は?」


「この勝負ちゃんと勝って、今度こそあいつのこと止めてやれよ、友達として」


「…!」



理科さんは言葉にならない息を漏らした。国語さんは普段不真面目で適当で社不中の社不だけど、時々こうして的を得すぎたことを言う。




「…うん、そうだね」



理科さんの表情が明るくなった。




「さ、そうと決まれば明日から2日間で巻き上げるよ。何かアイディアは?」


「社会さん…僕、アレンジメニューがいいと思うんです」



理科さんが元から考えていたものを表に出していたかのようにすぐに答える。



「唐揚げのアレンジメニュー案が色々あるから、それを2日間限定で打ち出す。そしてSNSを活用してお客さんを呼び込む」


「でもそんな簡単にお客さん来るッスかね?いつものお客さんに届いて家が遠い人とかはわざわざ来ないんじゃ…」


「いい質問だね英語!」


「急にいつもの調子に戻ったッスね薔薇舞ってますよ」


「人間の弱いもの、それは非科学的叡智」



理科さんはインテリを発揮し始めた。


「人間とは科学で証明できないものに弱い。オカルト、スピリチュアル…どれも学者が論文を出すことができないからこそ美とされるもの。唐揚げの最たる美味しさは果たしてケン◯ッキーなのか?それともファ◯チキなのか?そんなことは僕ら科学者には証明できない。何故か?“人それぞれだからさ”。しかしみんなが知りたい。何故ならどうせお金を払うなら美味しいものを食べたいと思うのが人間の心理だから。SNSではそれを利用させてもらう。2日間限定、シャフマ唐揚げ頂点を決める戦い、あなたが証明者、だ。1位通過した唐揚げを定番メニューに追加することを約束し、お客さんを呼び込む。この地域に何店舗もあるシャフマの定番メニューを決める戦いとなれば、誰もが科学者意識として戦いに参じるだろう」



つらつらと難しいことを口走る理科さんは相変わらず変だが、楽しそうだ。




「だからみんなには今から僕の考えているアレンジメニュー試作を作り上げてもらいたい。売り初めはちょうど日付の変わった0時。SNSの更新はその30分前から。みんなに科学者になってもらい唐揚げどぶ漬けになってもらうよ」


「…俺の味覚が世間に合うかはわからナイ…」


「正直この唐揚げ食い飽きてんだよなぁ俺、つまみ食いで」


「国語今何て言った?」


「げっ!間違えた!違う!違いますって社会さん!」


「個数が合わなかったのはそう言うことだね。給料から天引きしとくね」


「あああああああああ!」


「…理科さん、本当に俺らの味覚でいいんスか?」


「勿論だよ英語。何でかわかる?天才を穿つのはいつだって秀才の努力だからだよ」


「?」


「どれだけ天才的な科学者だろうと1日だけしか研究をしなかったら成果なんて出ない。でもね、日々の実験の積み重ねを怠らなかった者には違いがわかるんだ。いつもと違う細かい部分に気が付き、そこに意義を見出すことができる。ずっとここで働いてきた僕たちにはそれができる。そして実験を繰り返し最高の一つに辿り着く、それこそが最高の“遊び”だよ」


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