第25話 社会人になると忘れてしまう気持ち
理科さんの笑顔は輝かしかった。僕もつられて笑う。
「そうと決まれば早速だね、理科」
「はい、準備します」
社会さんの一言を皮切りに理科もすぐにフライヤー室へ移動する。
「うっしゃー!何かよくわかんないッスけどこういうの好きッスよ!燃えてきた!」
「…とにかく負けるのは嫌だカラ」
「へーへー、働きたくねー俺が2日間寝ずに働くんだ、それなりにキューリョー弾んでもらうぜ〜オーナー」
いつの間にか過労でげっそりした顔で入り口に立っていたオーナー。ははは、と小さくどちらとも取れる笑いを零した。
「アレンジメニュー、本部に何も連絡してないですけどうちの店舗だけやってよかったんですか?」
「それを本部の人間が俺に聞くんかいな社会…どの道勝負に負けたら店畳まなかんねん、何でもやったるわ。それに…」
「ふふ、」
社会さんは何かわかっているかのように笑った。
「…これが俺の作りたかった店やねん」
オーナーは目の下のクマに似合わない穏やかな笑顔を浮かべながら、やる気になっているみんなを眺めていた。
そうか、オーナーもみんなも、ちゃんと“想い”をもってこの仕事をしているんだとわかったら、何だか胸の辺りが熱くなった。
「あの理科さん!俺にも美味しくなる調理法、教えてくれませんか!?」
気が付いたら僕は理科さんにそう言っていた。
「…ナイスアシスト道徳くん。ちょうど一人じゃあの馬鹿達をカー◯ルの境地にたたすことは厳しいと思ってたから」
遠巻きのテーブルでは国語さん数学さん英語さん社会さんがフォークとナイフを持って、唐揚げどんどん持ってこ〜い!と言っている。異様な光景だ。
「お願いします!」
僕は清々しい気持ちで油に塗れた。
:
「「「「「できたぁあああああああ!」」」」」
実験回数∞、もう僕たちの胃もはち切れる。しかし数々の尸の上に完成した唐揚げはここにいる誰もが最高!と言える出来になっただろう。醤油ペースト、にんにくペースト、塩唐揚げ、そしてスパイシーペースト。と、シンプルな唐揚げ。めちゃくちゃ美味しい。
「これは本当に美味しいよ理科。早速SNSで拡散だね」
「美しいライティングにしろよ、折角の唐揚げのあれが伝わんなかったら勿体ねぇからな、うぇっぷ、」
国語さんはやっぱりコピーにこだわりがあるようだ。ダイレクトに“唐揚げ王決定戦!店の存続をかけた戦い!君の一票が肝!”と打ち出し、社会さんが作った画像に詳細をまとめ他ものを世に放った。
:
「ちょ、オーナァアアアア!まじ間に合わないッスって!1回に揚げられる数じゃ回んないッス!」
「そこを何とか揚げるんやぁああああ!ええぞ!ええ!めっちゃ行列や!ここは新台入れ替え日開店前のパチンコ屋か!?とにかく揚げまくりぃいいいい!」
物凄いことになった。店の駐車場にまでカラーコーンで並び列を整備しなくてはいけなくなるほど。SNSの力は凄い。いつもの常連さんは、店の存続ってどういうこと!?と驚きと博愛心で唐揚げを買ってくれるし、いつもではこないお客さんが面白いことに参加しようと列を成す。そして理科さん考案の唐揚げは“思ったよりも本当に美味しい!”“いつもと違う!”とまた新たな口コミがお客さんを呼び、大きな波を起こす。
「まじ、ちょっと待って、もう無理本読む時間全くねーんだけどおい道徳後は頼ん…だ…」
「何物語序盤で死にかけるキャラの真似してるんですか国語さん永遠にレジ捌いてるだけでしょ、数学さんを見てくださいよ今日も今日とて…」
「うげっ、気色悪っ!あいつの唐揚げの並べ方!」
レジ横にいつも置いてあるホットスナックコーナーでは勿論スペースが足らないので、今日ばかりはおでんも中華まんも全て撤去し全てを唐揚げコーナーへと変えている。数学さんは揚げ終わった唐揚げをそこへ陳列、注文の入ったものを箱詰めする係なのだが、相当性に合っているらしい。僕には理解できない何ちゃら数式という法則に則って几帳面に並べている。
「おいクソ理系!そんなとここだわってどうすんだってのボケが!あ、シャァセー」
止めどなくお客さんが来るレジをしながらも国語さんは数学さんにいつものように文句をつける。
「うるさいクソ文系…フィボナッチ数列だ馬鹿あ、シャイマセ-」
相変わらずな二人に僕も笑いながらも、僕ももう片方のレジでお客さんをどんどん捌いていく。唐揚げだけじゃなく、ついでに飲み物やお菓子、煙草を頼む人がほとんどで、店内の品物が全部無くなっちゃうんじゃないかと思うくらいの大盛況。忙しくて正直息を吸い吐きする時間もない。でも、どうしようもなく楽しかった!
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