第18話 言葉でないもので解を示そう
「…道徳くん、数学は、人に縋ってきた過去があるからこそ、人のことをちゃんと見ているよ。道徳くんが自分に向き合ってることをわかって庇ったんだろうね、それなのに自分の意思表明をしない君を見て、もどかしくなったんだろうね。数学なりの正しさは、君が正しいと思ったことをちゃんと伝えることって意味だったんじゃないのかな」
「…」
「道徳くんは、この仕事のこと、今はどう思ってるの?」
「僕は…確かにバイトだし…社会的に見たら学生がやる仕事じゃんって感じだし…色んなお客さんがいて大変だけど…前みたいに偽りの心を持ち続けるより…ありがとうって、言ってもらえるこの仕事は、明日も頑張ってみようかなって思います、正直大好きってわけじゃないですけど…」
「そっか。数学は道徳くんがそう思ってるのをきっと見抜いていたんだね」
ガチャリ、
ちょうど良く扉が開く。数学がお疲れ様です、の合図の頭ぺこり。をして中へ入ってくる。
「あ、数学今日上がりか」
「…はい、オーナーとここから交代ナノデ…」
「数学ク〜ンそんなに早く上がってたら借金500万返すのに何年かかるんだろーねぇw」
「…サボりまくって借金増やしたクソ文系に言われたくナイ…」
「あぁ!?んだとぉ!?」
国語さんは数学さんに突っかかって返って自分がダメージを負う羽目になっている。僕は意を決して数学さんの声を掛ける。
「あ、あの、数学さん!さっきは…その、助けてくれて、ありがとう、ございました…!その、僕、前の仕事よりこの仕事が好きです!今度はちゃんとそれを…あ、いや!お疲れ様です!」
チグハグな言葉綴りになってしまって恥ずかしいが。ちゃんとさっきのお礼が言えた。
「……」
パタン。
えっえええええええ〜!?
何と数学さんは僕をじっと見つめた後、特に何も言うこと無く帰って行ってしまった。
数学さんに認めてもらえるまではまだまだ時間がかかりそうだなぁ…と思って肩を落としていた矢先、社会さんが何かに気が付いたようで僕の名前を呼ぶ。
「これ、今数学が置いていった。はい道徳くん」
「え?」
机の上に置かれていたのは僕の名札だった。それはさっき、前の会社の先輩達に弾き飛ばされて棚の奥底に行ってしまった奴。
「数学さんが…取ってくれたんですか」
「よく考えてみたら数学の退勤時間本当は10分前だしね。数学って定時帰り徹底してるのに、きっとこれは勤務時間終わった後10分かけて取ってくれたんだね」
「…!」
少し埃に塗れた新しい僕の名札。胸の辺りがグッと熱くなるのがわかった。
「けっ、相変わらずかっこつけやがって。あいつはあーゆー奴だって、元から元から」
国語さんが下唇を突き出して言った。そして僕は国語さんのその言葉の真意が実はネガティブなものでなくポジティブなものであることも知る。
「社会さん、励ましてくださって、ありがとうございます。何か上手く言えないですけど、この後の勤務も頑張れます」
「うん、よかった」
「国語さんも、ありがとうございます」
「んぁ!?何で俺?」
「間接的に解がないこともあるって教えてくれたので」
僕はまだ、何が正しいのかわからない。社会人って、大人って、仕事って、何が正解かわからないけど、数学さんみたいに、解のない式を見つける長い旅に出ることを今の解とするのもいいなと思った。
「自分が納得してやったことなら、それは“正しかった”んじゃね?」
国語さんはんぶっきらぼうにそう言うと、カーテンを閉めてお休み!と今度こそ寝に行ってしまった。
「そうですね」
国語さんと数学さんは正反対の考え方を持っているかもしれないけれど、どこか似ている。そんな二人と似ていると社会さんから言われたことが少し誇らしかった。
「いらっしゃいませ!」
僕は扉を開けて、誰もいない店内で、大きな声で挨拶をした。
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