第13話 これだって“社会”




刃物や鉄パイプ。数学が入った倉庫には既に100人が集まっていた。取引相手…いや、取引相手に見せかけた、敵襲。数学は咄嗟に自分が嵌められたのだと理解した。



ガタンと数学が入ってきた重い扉が閉まる。逃げられない、という警告音だった。





「100人でこんな毛虫1匹潰すだけで50万だとヨォ!こんな美味い話乗るしかねぇだろ!」


「見たところ武器も持ってねぇ若造だしなぁ。いくら強いと騒がれてる餓鬼でもこの数相手にゃ生きて帰れはしねぇ」


「…」




ジリジリとにじり寄ってきた男達。数学はふー、と大きく息を一つ付き、フードとマスクを取っ払い腕まくりをする。




「おいこいつ正気かよwこの人数相手にマジでやる気だぞw」


「こういう世間知らずの餓鬼は体で教えてやんねーとわかんねーんだ、ガッ!?」


「「「!?」」」




いつの間にか男の下に潜り込んでいた数学は顎を一撃で強打し、男の体を吹っ飛ばした。あまりの速さと無駄のない動きに男達が響めく。




「なっ…!や、殺れ!!」




一斉に武器を持った男達が雄叫びを上げて数学に襲いかかり始めた。数学は素人とは思えない身のこなしで次々に男達を薙ぎ倒していく。あまりの強さに皆が慄気を見せる。





「何だこいつ!?一人で一気に何人ボコしてんだよ…!マジで化け物じゃねぇか…!」


「怯んでんじゃねぇこっちは数がいんだ!武器だってあんだろ!」




猛攻を仕掛ける数学に次々倒されていくも、数と知恵を使って数学の背後に回った数人が背中に一気に武器を振り翳す。鈍器の鈍い音が数学の背中に当たり響く。




「っ…」


「ふー♪流石にこの数相手じゃ限界が来るかい数学クン♪つっても半分くらいやられちまったけど…」




数学はよろめきながらも襲いかかる敵を可能な限り殴り飛ばす。しかしまだ1対50余。四方八方から武器を使って襲ってくる全ての攻撃を躱すことはできない。



ガン!



数学の頭に鉄パイプが当たり血が飛び散った。男達から気味の悪い歓声が上がる。




「はい、トドメ、刺したい奴いる〜?」





地面に横たわった数学を足で踏みつけながら男がニヤニヤとして言う。まるで猿の密林のようにそこら中から持て囃すような声が投げ飛ばされた。




朦朧とする意識の中、数学の脳内には過去の映像が流れ込んでいた。そして自嘲染みた笑いを一つ零す。




気付いてた。そうさ最初から気付いてたさ。気付きたくないから気付かないフリをしていただけ。母は初めから俺を愛してなんかいなかった。俺に笑顔が向けられた時は決まって必ず横に男がいた。表面上の張り付いた笑顔を見るたびに何とも言えない気味悪さを感じていた。それでもそれを本物と信じたかったのは、俺は本当に一人だとわかってしまうのが嫌だったからだ。どこかで一人じゃないと思いたかったからだ。ダサい、ダサすぎる。俺はずっと一人だったのに。




「おい、つーかよ、あいつはどうした。あの、何でか知らねーけどこの作戦の頭任されてるアホ面の…」


「あいつなら最初から姿見えねーよ」


「はぁ!?トンズラかよあいつも後で組長に報告だな…ってこの状況で何笑ってんだテメェ…今から死ぬんだよテメェはよ」


「…ふ、死ぬのは、俺だけ…じゃナイ、」


「は?」


「お前らも所詮道具だったってことダヨ、」




ばぁあああん!



突如倉庫内で爆発が起こり爆風が立ち込める。それは連続にして。次々に爆発していき止まらない。





「ゲホッ、ゲホッ!な、何だ、これ!?爆発装置!?」


「おいこっちにも…!」


「うわぁあああああ!?」




止めどなく爆発が起こっていく。




「爆発装置が設置されていたのは2.5m間隔…初めに起動する装置からこの入り口は8m…タイマーのズレは2秒設定…」


「あ!?何ブツブツ言ってやがんだテメッ…!」




数学はゆっくりと立ち上がり、自分を踏みつけていた男の足を蹴り飛ばすと目を光らせた。




「つまり、入口が破壊されるまで後0.86秒」





爆風が起こる。



同時に入口が破壊されトタン屋根が崩れ落ち始める。






おわぁああああああああ!




何人もの声が重なり合った。















「っ…」






ポタリ。ボタ、



ボタボタッ





数学は体を何とか引き摺りながら壁に手をついて歩く。行く当ては特にない。爆発で潰れた倉庫から少しでも離れていきたいだけだった。




「…」




路地裏に入り、壁に背を預ける。乱れた息を整えながら、時期に死に往く自分の情けなさを嘲笑った。





「…一人ぼっちの俺に、お似合いの最期ダナ…」




数学はポツリとそう呟くと、空を見上げる。今日は自分の心に似合わずの晴天だったことを、家を出る時に確認したのを覚えてる。数学の視界には綺麗な青空が…





広がらず、真っ黒な世界が覆った。




バサッ




「ぃっ、」




頭に何か降ってきたのだ。それは重くも何ともない物だが、頭を怪我している数学には強い痛みが走る。





…本だ。



側に落ちた本には“星の王子様”と書かれていて可愛らしいポップな絵柄が載っている。しかし数学の血で真っ赤に染まっていった。




一体どうして本なんか、



















「…んぁ?お前、何してんの?」






上から降ってきた声。気怠そうで、楽観的そうで、まるで寝起きであるかのような、この場と状況に全く似つかわない声。





数学の想像通りの青空を背景に、建物の屋根から下を覗いたその男は桃色の髪を風に揺らした。

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