第12話 遠き日と遠き人

「あいついつも黙ってて何考えてるかわからず不気味だよな」


「そのくせ図体はデカくて目つきは最悪。おっかねー」




数学という男はいつも一人だった。



「ほら、これ今週の金。全く金がかかるったらありゃしない。あんたなんて産まなきゃよかった」



数学は胸元に投げつけられ地面に落ちたしわくちゃの千円札をゆっくりと拾った。母は捨て台詞をいつものように吐くと今日も派手な服を着てきつい香水をつけてどこかの男のところへ出ていく。数学の顔を振り向くこともせず。




「数学くんこれからどこにいくのかなぁ?」



学校へ行く途中には毎日のようにヤンキー達に絡まれた。よくも悪くも数学は目立つ。近隣高校の中では数学というやべー奴がいるという噂がどんどん広まっていき、縄張りで頭を張りたい男達が数学に難癖をつけるのだ。




「…チッ何だこいつ…!一人で何人やっつけてんだよ…!?」



それでも数学が負けることはなかった。どれだけ強いと噂される組織も大将も、数学の才能には敵わない。男達は皆遠吠えをして退散をしていく。




「…」




数学という男は、いつも一人だった。



そんな数学に目をつけたのは地域である程度名の馳せた“ヤクザ”の微積組である。




「君の才能は素晴らしい。ウチからの仕事受けてくれたら、君になら物凄い報酬をやることができる」


「…金…?」





数学は真顔で考える。明らかに“社会に認められてはいけない仕事”なのはわかっていた。しかし数学の中に一瞬ある人物の顔がよぎる。




“あんたなんか産まなきゃよかった”




…もしも自分が金を得られるようになったら、母は自分の顔を見てくれるだろうか。




数学は微積組からの仕事を難なくこなした。敵対関係の組織の壊滅、機密金の受け渡し、荷物の受け渡し。腕の立つ相手でも数学には敵わなかった。





「数学くん君は本当に優秀だ。うちの組員も君には一目置いている。そんな君に次にやってもらいたい大きな仕事があるんだ。この仕事は今までの報酬の5倍。その分危険も伴うけど…君なら大丈夫。これが終わったら今までの報酬をまとめて現金で君に渡すよ」




薬物取引をした金銭を闇バイト員達に報酬を渡す仕事数はざっと100人らしい。派手な仕事が必ずしも危険なわけではない。こういった地味な仕事にこそ付け入る隙を狙う輩がいる。



取引相手が準順に集まるのは港町の廃墟一角、赤錆のトタン屋根の倉庫。数学は黒いフードを被り、口元を黒いマスクをしてその場所へ多量の金が入ったケースを持って足を運ぶ。


数学の目にはこの仕事が終わって、昔、遥か昔、まだ母が自分を見てくれていた時のことを思い出す。




これが終わったらあの時のように…



倉庫に入る。外の景色とは違う、光のない空間に誘われる。




数学に見える景色が一変した。










「アニキ…本当によかったんですか?あんな都合のいい道具今後も使い勝手がありそうですが…」


「“ただの可哀想でいい子ちゃん”の数学が真実に気付くのは時間の問題だ。あいつの母親は数学を愛してなどいない。そもそも金で解決できることではないんだよ。金があの母親に渡れば数学が遅かれ早かれ真実に気付く。そうなれば次に数学が取る行動は何だ?組織の脱退か?情報漏洩か?謀反か?面倒事を引き起こされる前に…












消せ」





ジャキリ。




数学に100もの数の武器が向けられた。

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