第11話 道徳の教科書は正しくなかった
「…確かにあの時も僕は正しさを履き違えてたのかもしれません」
気が付いたら自分から社会さんに話し出していた。僕がどうしてすぐに仕事を辞めたのか。社会さんは何も言わずにいつもの柔らかな笑顔で静かに聞いてくれた。
3ヶ月前、僕は希望の会社に入れたことに喜んでいた。うちは結構名の通った保険会社で、母も僕がこの会社に就職できた時は涙を流して喜んでくれた。僕の母は45歳の時にある病にかかってしまい、そんな時にうちの保険会社の方が声をかけてくれたのがきっかけで僕はこの会社で働きたいと思ったのだ。
僕も困っている人を助けたい、そんな思いで仕事に臨むこと1ヶ月、空回りすることも多かったが新人にしては仕事は順調。上司からも期待の新人として誉められた。でも、1ヶ月がすぎてからは上司や先輩からの指示が今までと変わってきた。
“利益の出るものを売りつけろ”
会社に貢献しているつもりだった僕は少し驚いたのを覚えてる。僕はお客さんにとって必要なものを提案していたし、安いもので済むのならお客さんの生活を守る資金を温存できるためそれがいいと思ってた。
「いいか、客がどんな状況であれ1番高いものを売れ。社会人にとって大事なことは客の利益じゃない、会社の利益だ」
先輩達の言う通りにできるだけ高い商品を売るようにしてみた。でも、僕が勧めた高額な保険商品のせいで生活が圧迫されていく人達がいて、僕は何が正しいのかわからなくなって、そんな仕事をしているのが嫌で辞めてしまった。
「ふふ、オーナーが君を気に入るのも頷けるね」
「?」
話終わったところで社会さんは少し笑ってそう言った。僕は頭にはてなを浮かべる。
「数学と似てるところがあるし」
「えぇ!?す、すす数学さんと…?いや、間反対の属性の気が…」
「真髄が似てる。国語ともね。ね?国語」
「ちょっと待ってくださいよ社会さんこいつはともかくそれはイコール俺があの無愛想数学とも似てるってことになるじゃないすか!」
「あれ?寝るんじゃなかったの国語?まさか聞いてた?」
社会さんがキョトンとした顔でそういうと国語さんはしまったと声に出した。聞いてたんだ。
「いやいやいや寝てたから?聞いてはねーけど?今丁度あのあれっすよ、川端康成の雪国の冒頭なんだったかなって思って起きて」
「はいはい、お休み国語」
またもや社会さんは国語さんで遊び終わると再び僕に向き直った。
「数学の昔話、聞く?」
怖すぎる、僕と間反対の人間だと思っている数学さんの昔話。もしかしたら社会さんが“似ている”と表現したヒントになることが隠されているかもしれない。僕は純粋な好奇心のまま静かに頷いた。
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