第10話 世間で言う真っ当な仕事って
「お前さぁ…ちゃんと真っ当な仕事しろよ」
先輩は笑顔のない顔で言った。
真っ当な仕事…このコンビニの仕事は真っ当な仕事じゃないのか?確かに社会的地位は低いバイトだけど…でも、いいところも少しはあって…いや、僕からしたら前の仕事をやり続けることの方が…
色々な思考が頭を駆け巡ったが、僕はまたもやそうですよね、と言うことしかできなかった。勢いで会社を辞めて、行き着いた先がフリーターのコンビニアルバイト。学生ができる仕事。そうだ、恥ずかしくてたまらない。
「…お客様、商品はお決まりでしょうカ」
「うぉ!?」
いつの間にか先輩の後ろに立っていた数学さんがいつもの鋭い目つきで先輩たちを見下ろす。先輩は振り返るもあまりに背の大きい、圧のある見るからに怖い人が立っていたため小動物のように丸まって、い、いや別に、と精一杯の虚勢を張って出ていった。2人がいなくなると店内は愉快な有線の声だけになる。
「…何で同調する?言い返さナイ?」
「え、」
数学さんが僕に言った。僕は固まる。その時丁度、コンビニの自動ドアがいつもの音とともに開いた。
「何してんだお前ら男同士で見つめ合って気持ち悪ぃ〜」
「数学、道徳くんどうかしたの?」
国語さんと社会さんだ。国語さんは見るからに寝巻きのようなだる着を着ている。社会さんはまだスーツ姿。社会さんに連れてこられた様子の国語さんは明日の朝イチシフトが入っている。絶対に寝過ごさないようにここで寝泊まり作戦なのだろう。ちなみに国語さんはほぼこのコンビニに住んでるみたいなもんで、こうして寝泊まりするのは珍しくない。裏には国語さん専用の2畳ほどの寝床がある。
「…それは正しさから逃げて、弱いダケ」
数学さんはそう言って業務に戻っていった。やっぱり僕は数学さんに受け入れられていない…とか、それよりも、その言葉がどこか僕の自分でも気が付きたくなかった部分を突き刺した気がして、僕はヒュッと息を呑んだ。
「うわぁ〜相変わらず無愛想な奴だな〜何があったか知んねーけどさぁ、ま、気にすんなって道徳。あいつがそーゆー奴なのは元から元から」
ヘラヘラ〜と笑ってレジ横にあったホットココアを流れるように持ち裏に行こうとした国語さんを社会さんが笑顔で制し支払いをさせる。
「あ、丁度休憩時間だね〜道徳くん、数学、道徳くん裏にはいって休憩1時間取るからね」
社会さんの声掛けに、またバックヤードドリンクコーナーに戻ろうとしていた数学さんがコクリと頷く。社会さんもホットココアを二つ手にとってそのまま自分の首にぶら下がっている社員証で支払いをし、1つを僕にくれた。
「い、いいんですか?」
「これ飲みながらちょっと世間話でもしようよ」
裏に入ると社会さんは店内モニター、そして主に発注や商品管理を行うパソコンの前に座って、僕にもその隣の椅子を引いてくれた。国語さんは、え!俺にも奢ってくださいよ社会さん!と言いながら自分専用の部屋でゴロゴロしている。その部屋は一枚のカーテンで仕切られているだけだ。
「国語には何回も奢ってるでしょ」
「そうですけどぉ俺万年金欠だしぃ働きたくねーのに生きてく金を得るために労働頑張ってるんだしぃ」
「ふふ、はいはい。今度奢ってあげるから」
「ちぇー。もう寝るしぃ」
「はいはいお休み。明日6時からだからね」
子どもか。と突っ込みたくなるような会話を繰り広げた国語さんはカーテンを閉めて寝に入るようだ。社会さんはクスクスと笑っている。僕は手元にあるココアで冷えた手を温めながら二人の様子を眺めていた。色々めちゃくちゃだけど、職場の先輩後輩としていい人間関係だなぁと思った。少なくとも僕なんかよりはずっと。
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