第8話 社会人のスイーツとは

「っつーことで、ちゃんと反省しぃ!」


「い゛でっ!」




警察からの厳重注意も終わり、ヤンキー達からの謝罪もあり、事は収まった。交代の時間でやってきた理科さんと英語さん、数学さんと交代したタイミングで僕と国語さんはスタッフルームに入る。社会さんもちょうど本部から店に帰ってきたタイミングが被って、オーナーと4人で話し合い。国語さんはオーナーにチョップを食らっていた。



「本当に、すみませんでした」


「まぁ事実売ってしまったのは確かに反省すべきところではあるけど、国語。わかるかな…今回のことはね未然に防げたんだよ。君トイレに長時間篭ってたんだって…?」


「う゛…え、えっと、う◯このキレが悪くて…」


「そんで警察の前でヤンキー背負い投げしたねんてどーゆーこっちゃねん。国語自分来月シフト倍や」


「あああそれは!それは勘弁だって!無ぅ理ぃ働きたくないいい」




国語さんはオーナーの前でそれはやめてくれと懇願し出す。働いたら働いた分だけお金は入るのにこの人はそれでも尚働くことが嫌なんだなぁ。



「ま、今後も未成年への購買は気を付けなあかんっちゅーことやな、道徳クンもう今日上がりやろ?お疲れ〜」


「あ、はぁ、その、帰っていいんですか?」


「ん?うん、勤務終了やし」




何だか心がざわついて落ち着かない。その原因は何となくわかってはいる。僕のいけないところでもあるが、人に迷惑をかけたと思うと“本当は迷惑な奴だと思われていないか”と、無駄に相手の心を勘ぐって気持ちが切り替えられないのだ。




「道徳くん」



オーナーと国語さんがギャーギャーやりとりをしている傍ら、社会さんが僕を呼ぶ。




「コンビニの仕事はどうかな」



どこか煮え切らない表情をしている僕を慰めてくれようとしているのだろう。社会さんの質問に表面上でのやり過ごしで嘘をつくのはなんだか申し訳ない気がして、本当の気持ちを吐露する。




「…正直、さっきは辞めたいと思いました」


「ふふ、ほんとさぁ、そんなことばっかりだよね仕事って」



社会さんは僕の横で本部書類を整理しながら話す。




「汗水垂らしても報われないことだって多いし、逆らえない理不尽が働くことだってある。それでも世の中は心配どころかもっと頑張れよと叱咤激励。冷たいもんだよ」


「…社会さんは、何のために仕事、してますか?」




素朴な疑問が湧いてきた。数時間前国語さんにぶつけられたそれ。僕の中に今まで宿ったこともない疑問を誰かにぶつけたくなったのだ。




「そうだなぁ、ご飯を美味しく食べるため、かな」


「え?」



意外すぎる答えに僕は拍子の抜けた声を漏らしてしまった。



「仕事をすればもちろんお金が入って、美味しいご飯を食べることができる。勿論していなくたってご飯は食べられるけど、俺は“美味しく”食べたいんだ」


「は、はぁ…」



正直よくわからなかったが社会さんの美しい笑顔にいやいや全然わからないです。と追随する気にもなれず、そのまま僕がピリオドを打つ。その時丁度、扉が開いて英語さんが顔を見せた。




「あの〜何かおばあちゃんが黒髪で素朴で何とも言えない顔した店員に合わせて欲しいって言ってんだけどそれって道徳さんのことッスよね〜?いかにも特記事項なしって顔してるし」


「どういう顔ですかそれ」




何やら失礼なことを言われた気がするけど。レジの方へ出てみると、そこにはさっきヤンキーの後ろに並んでいたおばあちゃんの姿が。僕の顔を見ると、あ、と目を光らせた。僕の顔は何とも言えない顔だそうだ。




「このお兄さんよ、ありがとねぇ金髪のあなた」


「やっぱ道徳さんッスね!ウィッスウィッス〜」




英語さんは少し笑いを堪えながらレジ業務に戻っていく。おばあちゃんは僕と目が合うとにっこりと微笑んだ。




「さっきはありがとねぇ。お礼も言えないままになっちゃったから。あなたのおかげで怪我することなく済んだわ、気遣ってくれて本当にありがとねぇ」




僕は驚いた。驚いて社交辞令の言葉もすぐに出ず、ヒュッと喉が音を鳴らしただけになった。



さっき。僕があのヤンキーくんのレジを通してしまった時のことだろう。あのまま腕を振り回していたら確実におばあちゃんに当たってしまうから、僕はやむを得ずレジを通した。正直そのせいで散々な目にあったけど…





“ありがとね”




たった、些細な…


たった、一言。


その一言で頑張れるのかもなんて思うなんてさ。




「いえ、お怪我がなくてよかったです」




僕は笑顔でそう返した。



何のために働くのかは正直まだわからないけど、社会さんがさっき言ったことは少しわかる気がした。



もしかしたら今日のご飯はいつもよりほんの少し、美味しいかもしれないと。








「で、どうやってあの子勧誘したんですか?あぁまぁ“演技”でしょうけど…」


「あの子が面接行くのにおじいちゃん助けとったの見てからずっと狙っとったんや。包帯まで常備しとった甲斐があったわ」


「今時珍しいですよね、あぁいうタイプ」


「今の世にはなぁあーゆー子が必要やねん。ここのコンビニは他よりもちょっぴり荒々しくて一般社会には受け入れられへん変人もおるけど、こんなアットホームなコンビニが街に一つあってもええやろ」




社会さんとオーナーが話していたことを勿論僕は知らない。





「社会さぁああん!こんのクソやろッ英語が!こんの馬鹿野郎が俺のことニートって言ってきまぁああす!成敗してくださいぃ!」


「先にこのニートが俺のこと日本語キャンセル界隈とか言ってきたッス!」


「二人とも小学生かなぁ平安時代のように島流しにしてあげようか?」


「「すみません!!」」




この馬鹿…ちょっと頭のおかしな人たちを見ているといかに自分が普通で、敷かれたレールの上を歩いてきたかがわかる気がする。



それは発見でもあるけれどはみ出ても大丈夫なんだという微かな勇気付けでもあった。

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