第5話
会場から抜け出し、ホテル内を回ってみることにした。
泊まったことはないが、地元の中でも有名な一番立派なホテルだった。適当に案内板を眺める。
「飲み足りない…。バーとかあるかな」
お財布には余裕があるし、気分転換も兼ねて1人でゆっくり飲み直したいし、せっかくだから楽しく過ごしたい。
案内板には同じフロアにバーがあるらしかった。
少し距離があるが向かうことにする。
案内板のマップによれば最近改装したばかりらしい。
照明は暗いが、壁などの内装が明るめだからだからか、可愛らしい雰囲気のバーだ。装飾も花が基調とされていて女性1人でも入りやすい。
奥のカウンターの席ににつく。
バーテンダーさんも雰囲気がふんわりとしている方だった。
「お一人ですか」
「はい、同窓会だったんですけど、ちょっと人酔いしてしまって」
「それはお疲れ様でございます。なにかお作りしましょうか?」
「どうしよっかな…。ハイボール好きなんですけど、ウィスキーって何が置いてますか?」
「当店に置いてますのが、こちらの棚の5種類になりますね」
おしゃれに並べられた大量のボトルたち、ウイスキーのボトルは端に揃っている。
「うーん、あっ!山崎あるんですか!?それがいいです!」
「お酒、好きなんですね。シングルでよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「かしこまりました。」
ボトルを取り、手際良く作ってくれる。バーテンさんの動きは見てるのも楽しい。
「お待たせしました。山崎のハイボールです。」
「ありがとうございます。」
那智香は自他共に認められるほどお酒が結構強く、ハイボールをよく好んで飲んでいた。だが、『山崎』には人気すぎてなかなか巡り会う機会がなかったのだ。ふんわり広がるとウイスキーの香り。これだけでもう幸せになる。
(念願の山崎。ふふっ、いただきまーす)
強めの炭酸の刺激に負けることなく口に広がるウイスキーの風味。後味に少し甘みが残る。
「あー、おいし」
「良かったです。お気に召して頂けて」
もう少しお話ししたかったのだが、他の新しいお客さんも来ていたのでそちらの対応に行ってしまったら。
「ウイスキー、柚季も苦手で飲めないもんなぁ。あ、忘れてた」
スマホをいじって連絡アプリのJOINから、柚季にバーにいると連絡を入れておく。
JOINの服歴をぼんやり眺める。
「あーあ、シズシズがいればなぁ」
本当は今日、一緒に参加してくれる予定だったのだが、仕事の都合で少し遅れてくるらしい…。
(シズシズがいたら、もうちょっと会場にいたかな…)
「いや、いないか。どっちにしろ会場からは出てたかも」
寧紀には最近可愛い彼女ができたと聞いた。2人で話してても、彼女の惚気話を延々と聞かされるのが目に浮かぶ。
ハイボールはもう氷だけになってしまった。
(ちょっと小腹も空いたかも…)
バーテンさんは忙しそうだったので、他の店員さんに飲み物とチーズの盛り合わせを頼んだ。
飲み物は早めに来たのだが、食べ物は少し時間がかかるらしかった。
注文をしたのはジンのロック。今日はもう早めに酔いたい気分だった。グラスを回し大きめの氷を溶かす。溶けた氷がジンに広がっていくのをぼんやりと眺めていた。視界の隅で誰か座った気配がした。
「おねーさん、1人なの?」
いきなり隣に座り声をかけてきたのは、知らない中年の男性だ。こんなところに女性1人でいたら、そう言うふうに考えてしまうんだろう。
(困ったな)
「いえ、連れを待ってるんです」
適当に誤魔化すが
「いやいや、こんなところに1人なんて振られたとかそういうの感じじゃないの?おじさんで良ければ話聞こうか?」
気持ち悪い…顔さえ見たくないから絶対に振り向いてやらない。
「いえ、大丈夫ですから」
「遠慮しなくていいんだよ」
手が太ももに添えられた。
(この、○○が、さわんじゃねーよ)
脳内では暴言が飛び交っているのだが
「…っ、やめてください」
身体は恐怖で動けない。どうしたらいいのか分からない。
拒否の言葉を口にしたのに、何故か更に調子に乗り出す。
「まあまあ」
(まあまあじゃねーんだよ…どうしよう、どうしよう…。本当に今日はついてない。来なきゃ、よかった…)
おじさんが顔近づいてくる。と思っていたのだが
「おい」
(へ?)
声がかけられたのかと思い顔を上げたが、そこにはスーツの腕が目の前にあって
「おっさん誰?」
「おっお前こそ誰だよ」
「俺?」
チラッとこっちを向いたのは
(ふ、ふじしろ?!)
先程、会場で私に舌打ちをしたはずの男の腕だった。那智香をじっと見つめると
「こいつの…あー、こいつ俺のなの」
「はあ?(はぁ?)」
おじさんの声と心の声がでシンクロしてしまった…。
「なっ、なにを」
「は?文句ある?」
「うっ…」
高校でも背が高かったが、更に伸びたらしい。いくら同じ男性でも、自分よりもでかい男に見下ろされたらすくむだろう。ただでさえ顔も怖いのだから。
「…くそ、なんでもねーよ」
逆ギレしておっさんは逃げていってしまった。
(…良かった)
力が抜けてホッと息をつく。だけど、
(いや、あれ?良かったくなくない?)
どれだけ横顔を見つめても、そこにいるのは間違いなく藤代だった。
こっちを振り向いたので、サッと視線を落とした。
「……」
(ひえぇ…無言で見られるの、つらっ…)
しばらく無言が続く。
(耐えられん!)
顔をあげる。
「あっ、あの…」
私を見つめる藤代は、今まで見たことないくらい心配している顔だった。
(え?その顔何?見たことない。どうした?もしかして誰かと勘違いしてる?)
先程までパニックになっていた頭の中は、想像できない藤代のせいでまたフル回転している。
そんな那智香を見つめる藤代は本当に心配そうな声色で話しかけてきた。
「…大丈夫か?」
那智香のことを、心配してくれていたらしい。
「あ、うん…ごめんね。変なこと、させちゃって」
「お前は悪くないだろ」
「え?」
「謝るのは、違くね?」
そうだ。動けなかった自分を藤代は助けてくれたのだ。
「…ありがとう、ございます」
「ん」
私の返事に満足したような顔をした。そのままどこかへ行くのだろうかと思っていたが、おじさんが先程まで座っていた隣の椅子に座る。
なんで来たとか、なぜ隣なんだとか、聞きたかったが、ちょっと怖い。タイミングよくチーズの盛り合わせも来たので、それに集中することにする。
「何飲んでんの?」
「えっ!」
話しかけられただけなのに大袈裟に驚いてしまった。自分で聞いたくせに、あまり興味のないような顔で見つめている。昔からだか、本当に何を考えているのかよく分からない。
(ジンロック、なんて言ったら生意気とか言われんのかな)
「…美味しいやつ…です」
「へー、ちょうだい」
そう言って私のグラスに口をつけてしまう。
「まっ!」
まさか那智香のを飲むなんて考えてもいなかった。伸ばした腕は届かず、止める間もなく
一気にあおり
「うっ?!ぶっは!!」
一気に吹き出した
「ゲホッゲホッ!ゴホッゲホッ!」
「あ、ごっごめん…」
「カハッ、うぇ…なんてもん飲んでんだ」
「ジンのロックです…」
「はぁ?だめだ」
(はえ?)
グラスが私が届かない遠くに置かれる
「やめろこんなの。あぶねえ」
あぶない?
え?なんて?
「ジュースにしとけ」
(馬鹿にしてんの?)
「良いじゃん、好きなの飲んだって返して!」
「ダメだ」
目を細め軽く睨むと
「チビなんだからジュースにしとけ」
ため息をつきながら子供扱いをする。
(助けてくれてありがとうとは思ってだけど流石に馬鹿にしすぎじゃない?)
さっきまでの感謝の気持ちが消え去る。
近くを通った店員さんに大きめの声で注文をお願いする。
「店員さんジンロック新しいのください」
「ダメだって言ってんだろ」
もうこの時の私は、7連勤上がりで寝不足、しかも慣れない遠距離の移動で疲れ、うろ覚えの同級生たちの対応、藤代の舌打ち、セクハラク○ジジィ、好きなお酒を取る藤代…のストレスで藤代に対しての恐怖が吹っ飛んでいた。会場でも結構飲んでいたから、普通に藤代と会話できてたんだと思う。
「好きなものは好きなの」
「こんなの飲んだらすぐ酔っ払うだろ」
「酒強いから平気です」
「酔っ払いのセリフだぞ」
(いうなぁ…)
「ふん!」
「どうぞ、お待たせしました。」
藤代に取られる前に一気した。
「あっおい」
「ぷはっ、さいこー!」
その不機嫌になる顔、懐かしいな。
「やめろってこんな変なもん飲むな」
「変なもん?なぁに藤代、お酒弱いの?」
「は?弱くねーよ」
ジンを一気したせいでアルコールが回ってきたのか、ちょっとだけ藤代が可愛く見えてきたのは、絶対錯覚だろう。
「ふーんじゃあ、私と飲みっこしよ」
「ああ?」
「え?自信ないの?」
「馬鹿にすんなよ」
(ふふん、舐めんなよ。こちとら会社の飲み会でしこたま鍛えられてるんじゃい!)
「じゃあ店員さん!ウィスキー順番にください!」
「は?ウイスキー?!」
「飲めないの?」
「のっ、のめるわ!」
不機嫌そうな眉がさらに歪んだ。
強がってるのバレバレ。
「ふふん、後悔すんなよ」
そっから地獄が始まった。
…と、思う……
私はお酒で記憶を無くしたことがない
正確に言えば記憶を無くすまで飲んだことがない
酒を入れても顔が変わらないのと元々色白なせいなのか、友人と飲む時はそこそこ飲むと止められてしまうのだ?
でも今回は、バー以降の記憶が全く、思い出せなかった…
気がついたら、まるでドラマのお約束みたいに、ベッドの上に男女2人が全裸になって、抱きしめられたまま目が覚めた…
ナニコレ
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