非日常の中の日常

伊南

第1話

「ほんに現世の食べ物は美味しいのぅ。このくりぃむとやらの甘さと苺の甘酸っぱさが絶妙で絶品だ。けぇき部分も柔くふわふわしていて調和が取れておる」

 端正な顔で満足そうに、キライは口元に生クリームをつけたままにんまりと笑う。

 ……キライは人間ではなく分類的にはライネ達と同じ妖精の括りに入る。ただしライネ達よりも力が強い上位の存在であり、常世の世界では天下無双と謳われる程の力を持っている──と、カンナは聞いているし、実際にそうなのだろうとは思っているのだけど。

 申し訳ないが今のキライの姿からはそんな印象は全く受けない。


「キライ様、お口元が汚れてらっしゃいますよ」

 玻鳴宮はなみやの主──カノウが窘めるように口を開く──……が、そのカノウの口元にも生クリームがついているものだからキライには響かず。逆にそれをからかわれ、恥ずかしそうにカノウは俯いて口を拭った。

「……キライ様、あまりカノウ様をからかわないで頂きたい」

 見かねた様子で近衛のミナヅキが声をかければ、キライはクク、と小さく笑う。

「子どもの姿だがしっかり近衛をしておるのぅ、ミナヅキ。しかし甘やかしは良くない。カノウはもう少し多様な経験を積むべきだ。……神社に引きこもって外に出んから有事の際の対応が己で出来んのではないか?」

「…………」

 その言葉にミナヅキは僅かに眉を潜める。

 見た目だけでいえばミナヅキはカノウとそう変わらない風貌だ。……外見の年齢だと八歳くらいだが、ずっと玻鳴宮はなみやを守護するカノウの近衛として任を全うしている。 

「……キライ、そのくらいで止めて。折角の美味しいケーキがまずくなる」

 ピリッとした空気を横から壊したのはカンナだ。

 カノウとミナヅキがそちらを見て申し訳なさそうに視線を逸らす一方、キライは再びククっと笑った。

「カンナもこのけぇきみたいに甘々だの。もっとこう……そうだな、ミナヅキが食しとる、てぃらみすみたいに苦味も持たんといかんぞ」

「…………」

 その言葉に今度はカンナが眉を潜め、それを見たキライは「おぉ、怖い、怖い」と軽口で言ってから再びケーキを食べ始める。……が、少ししてから「あ」と何かを思い出したように声をもらし、顔をカンナの方へ向けた。


「聞きたい事があったわ。カンナ、お主最近夜な夜な布団の上で珍妙な舞をしておるようだが何をしておる?」

「……んぐっ!?」

 カンナはケーキをのどに詰まらせかけて咽る。カノウが心配そうに背中をさすり、咳込みが落ち着いたところで彼女は涙目でキライの方を見た。

「……何で知ってるの!?」

「先日、お主が夜な夜な舞をしてると夜の妖精が相談にきての。変な儀式をしてるのではないかと心配しておった」

「夜の妖精……あ、ヨナガか……見られてたの……」

 黒猫の妖精を頭に浮かべながらカンナは渋い顔をする。一方、興味津々の様子で目を輝かせたのはカノウだった。

「どんな舞ですか?」

「え? あー……舞っていうか……今度体育祭でダンス……踊りをするからその練習してたの。……カノウが考えてる舞とはたぶん違うけど」

「だんす、ですか。どういったものですか?」

 変わらずぐいっと喰い付いてくるカノウにカンナはちょっと困ったように眉を下げる。……この流れは「見てみたいです」の流れだ。逸らさねばならない。が──…… 

「オレも気になるのぅ」

 ニヤニヤと楽しそうに笑いながらキライが乗っかってきた。このやろう、と内心思いながらカンナはそれを無視してカノウに向き直る。 

「まだ練習中で上手く出来ないから、出来るようになったら披露するね」

「判りました。楽しみにしていますね」

 にこにこと可愛らしく笑うカノウの姿に和みつつ、次いで「なんだ、つまらんのぅ」と口にしたキライを睨みつけた。

 一方、カノウの横。ミナヅキは目を細めて柔らかく笑う。

「……体育祭か。頑張れよ、カンナ」

「…………ん」

 ミナヅキからの労いの言葉に、カンナは僅かにバツが悪そうに伏し目がちに視線を逸らして返事をする。


「……そうだ、なんならオレが練習を見てやろうか? 舞は得意だ。現世では無理だが夢現ならいけるでな」

「いらない」

 パン、と膝を打ったキライへカンナは冷ややかな目を向ける。それを見たキライの表情が一気に不服そうなものへと変わった。

「オレに任せれば舞で天下を取ることも出来るぞ? オレは舞に関しても天下無双と言われた事もあるからのぅ」

 ……それを聞いたカンナは一瞬、キライが舞を踊るのを想像して──すぐに「いやいや」と首を横に振った。

「キライの舞って雅楽とかそういう曲に合わせて踊るやつでしょ。こっちはもっとテンポが速いダンスミュージックなの。ジャンルが違う」

「てんぽ?」

「だんすみゅ……なんと言った?」

 はて、とカノウとキライが首を傾げる。カンナとミナヅキは顔を見合わせ──同時に苦笑いを交わしてから説明を始める。


 ……そして数週間後。


「なるほど、こりゃ珍妙だのぅ! いや、傑作!」

「……くっそ、だからキライの前ではやりたくなかったのに……」

 カノウにダンスを披露している途中、どこからともなくやってきたキライにゲラゲラと笑われ、カンナはぎりぎりと歯噛みしながら耐える事になったのだった。

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非日常の中の日常 伊南 @inan-hawk

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