のちに娘はダンスマッサージという新しい道を開拓したのであった。

藤泉都理

のちに娘はダンスマッサージという新しい道を開拓したのであった。




 仕事終わりのくたくたの身体が真っ先に欲するものは何か。

 少し熱めのしゅわしゅわ入浴剤入りの風呂か。

 少し奮発したしゅわしゅわひえひえのビールか。

 掴むのに躊躇したひえひえのハーゲンダッツか。

 大大大好きな伴侶の大いに手抜きしちゃおう晩御飯か。

 否。

 仕事終わりのくたくたの身体が真っ先に欲するのは。

 それは。

 大大大好きな娘ちゃんのマッサージである。




 えっちらおっちら。

 くたくたの身体で律儀に押し入れに仕舞われた敷き布団を畳の上に敷いて、その上に仰向けになり、横にした顔に力を入れては大きな声で大大大好きな娘ちゃんを呼ぶ。

 とたとたとたとったた。

 娘ちゃんは愛らしい足音を立てながら軽快に自分の元へと駆けつけてくれた。


 いつものお願い。

 渋い表情と渋い声音で以て自分は言う。

 おまかせください。

 愛らしい表情と真面目な声音で以て娘ちゃんは言う。

 しつれいします。

 娘ちゃんは深々と自分に頭を下げると、肩甲骨の辺りに片足を乗せては少し体重を注ぎ、一気にもう一方の片足も片側の肩甲骨の辺りに乗った。


 期間限定の娘ちゃんの背中ふみふみマッサージである。

 娘ちゃんが幼かった頃は軽くてあまりマッサージをされている気にはなれなかったが、年を重ねた今はジャスト。もうジャストとしか言いようがない。

 娘ちゃんも成長しているのだ。

 そう自覚するのは何も重みだけではない。

 マッサージの技術も、である。

 指、腹、土踏まず、踵、側面。

 足のどの箇所に体重を乗せれば的確に求めている箇所へのマッサージできるのかという方法を、齢八歳にして会得してしまったのである。


「ううううう。成長。成長。成長、してしまって」


 滂沱と涙を流す自分の頭の中では、生まれたての娘ちゃんから徐々に成長していく娘ちゃんの映像がゆっくりゆっくりと流れ続けていた。


「もう、立派なマッサージ屋だ」

「違うよお父さん。私はダンサーになるの」

「そうだなあ。俺の背中の上で立派にダンスしてるもんなあ。うん。天下無双のダンスマッサージ屋になるんだなあ。うん」

「やだあ。ダンサーだけするの。マッサージをするのはお父さんとお母さんだけ。お母さんね。前は背中がぐねぐねして踊りづらかったんだけど、今はすごいお父さんと同じぐらいがっちししてるんだよ」

「そうかあ。がっちししたかあ」


 成長するのは娘ちゃんだけではなかった。

 逞しくなった伴侶を思い浮かべては、涙腺を決壊させたのであった。


「あら。お母さんもお父さんの背中に乗ってダンスしようかしら」

「うん! お母さんもダンスしよう!」

「………」


 逞しくなった伴侶を受け止められるか。

 刹那迷いを生じさせてしまった自分に活を入れて、お願いしますと言った。

 声が掠れてしまったのは、ご愛嬌である。











(2025.3.20)



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のちに娘はダンスマッサージという新しい道を開拓したのであった。 藤泉都理 @fujitori

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