第2章 向き合いことで変わるもの③
2.3 初めてのコンクール—「私の好きなもの」って?
2.3.1 コンクールへの挑戦と迷い
写真部の部室に集められた私たちに、顧問の先生から発表があった。
「今年も、写真コンクールの応募が始まる。出たい人は手を挙げて」
その言葉に、先輩たちはもちろん、森下もすぐに手を挙げた。
私は、少しだけ迷ってから、ゆっくりと手を挙げる。
「おお、和奏ちゃんも参加するの?」
紬先輩が嬉しそうに言った。
「はい、せっかくだし……」
正直、気持ちはまだ決まっていなかった。
でも、ここで手を挙げなかったら、私だけ取り残されるような気がして。
「テーマは自由。好きなものを撮るといいよ」
白石先輩の穏やかな声が響く。
「好きなもの……」
その言葉が、妙にひっかかった。
***
それからの数日間、私はカメラを持って校内を歩き回った。
何か「撮りたい」と思えるものを見つけるために。
でも、何を撮ってもピンとこない。
森下は校舎の隅で、じっと何かを見つめていた。
カメラを構える横顔は真剣そのもの。
「何撮ってるの?」
声をかけると、一瞬こちらを見て、またレンズを覗き込む。
「光」
「光?」
「この時間、ここに差し込む光が好きだから」
何それ、詩的すぎない?と思ったけれど、撮った写真を覗かせてもらうと、まるで映画のワンシーンみたいに綺麗だった。
「森下はさ、こういうの、前から好きだったの?」
「……たぶん」
短く答えて、また撮影に戻る。
その集中力が、少しだけ羨ましかった。
私が「好きなもの」って、なんだろう?
***
その日の放課後、日高先輩がグラウンドの隅でカメラを構えているのを見つけた。
撮っているのは、サッカー部の男子たち。
ボールを蹴る瞬間、汗が光る様子——
先輩は、動きのある被写体を撮るのが得意らしい。
「先輩もコンクール出るんですか?」
「出すよ」
レンズを覗いたまま答える。
「スポーツが好きなんですか?」
「いや。人が何かに夢中になってる瞬間が、いいなって思うだけ」
「……ふーん」
そんなの、考えたこともなかった。
写真って、ただ可愛いものとか綺麗なものを撮るだけじゃないんだ。
じゃあ、私は何を撮りたい?
「滝沢は?」
「え?」
「何を撮るの?」
「……まだ決まってません」
正直に言うと、先輩は少し考えるような顔をして、それから静かに言った。
「焦らなくていいよ。自分が本当に好きなものを撮ればいい」
——だから、それがわからないんですけど。
心の中でそう返しながら、私は先輩の言葉を反芻した。
「本当に好きなもの」
私が、本当に好きなものって?
このままじゃ、出す写真すら決まらない。
焦りだけが、胸の奥でざわついていた。
2.3.2 「私の好きなもの」探し
「うーん……」
カメラの液晶を覗き込みながら、思わずため息が漏れた。
ここ数日、私は「自分が撮りたいもの」を探して、いろんなものを試しに撮っていた。
校庭に咲いた花、窓際の風景、放課後の教室――
だけど、どれもしっくりこない。
悪くはないけど、なんというか「これが私の撮りたいものだ!」って思えないのだ。
写真部の先輩や同期にも相談してみたけど、返ってくるのはみんな「自分の好きなもの」の話ばかりだった。
「私は人の表情を撮るのが好き」
「俺は光と影のコントラストに惹かれる」
「私は儚さを感じる瞬間が好きかな」
なるほど、みんなそれぞれに「好きなもの」があって、それを撮ってるからこそ上手いんだ。
でも、それってつまり――
「私の『好きなもの』は、私が見つけるしかないってこと……?」
それがわかっていても、答えは出ない。
学校では、いつものように友達と過ごしていた。
休み時間にはスマホを開き、「インスタ映えする写真」を見せ合い、盛れるフィルターや加工の話をする。
「このカフェ、めっちゃ映えない?」
「え、超かわいい! 今度行こ!」
「こっちのフィルターのほうが盛れる!」
「この角度だと脚長く見えるよ!」
「プリはやっぱり落書き必須でしょ!」
こういう話題は私にとって日常だし、楽しめないわけじゃない。
でも、写真部に入ってからは、少しだけ違和感を覚えるようになった。
みんなでワイワイしながら、今日も「可愛い」を量産する。
スマホ越しの私たちは、確かに最高に「イケてる」し、「いいね」の数だって増えていく。
……でも、それって私にとっての「好きなもの」なんだろうか?
***
答えが出ないまま迎えた休日、私は部屋で鏡を見つめていた。
今日は学校がないから、普段より少し濃いめのメイクをしている。
アイシャドウの色、チークの入れ方、リップのツヤ感――
全部、自分が「可愛くいるため」に計算したもの。
「可愛くいること」がすべてだった。
クラスで「手が届きそうな可愛さ」を演出するために、研究して、計算して、努力して。
ずっと、それが私の武器だった。
私は机の上にメイク道具を並べてみた。
アイシャドウパレット、リップ、ファンデーションのコンパクト、ビューラー。
どれも、私の「可愛い」を作るための相棒たち。
鏡の中の自分を見て、ふと思った。
「私が今まで一番大事にしてきたものって……これ?」
「可愛くいること」。
小学4年生のとき、初めて彼氏ができてから、私はずっと「モテる自分」を研究してきた。
メイクも、服も、話し方も、全ては「男子に可愛いと思わせるため」。
努力してるなんて気取られないように、さりげなく完璧に。
――それが、私の「好きなもの」?
机の上に並べたメイク道具を見つめ、私はカメラを手に取った。
どれも、私の「可愛い」を作るための武器。
これなら、今までで一番「私らしい写真」が撮れるかもしれない。
そう思ってシャッターを切った。
……でも、液晶に映った写真を見た瞬間、またため息が出た。
「……なんか違う」
ただメイク道具が並んでいるだけ。
確かに私にとって大事なものだけど、写真として見ると、全然「いい写真」じゃない。
私は「好きなもの」を見つけたつもりだった。
でも、それを写真にした途端、違和感を覚えるのはなぜ?
モヤモヤしながら、私はもう一度、鏡の中の自分を見つめた。
(私が本当に撮りたいものって……何?)
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