第2章 向き合いことで変わるもの④
2.3.3 メイク道具への新しい視点
写真部の部室でカメラの設定をいじっていたとき、ふと、私のメイクポーチが目に入った。
ピンクベージュのポーチは、何度も開け閉めしたせいで端の部分が少し擦れている。
ファスナーを開けると、使い込まれたアイシャドウパレット、リップティント、ビューラー——
私の「武器」たちがぎっしり詰まっていた。
メイクを始めたのは中学に入ってから。
最初は「可愛くなるため」に必要だからしていた。
少しでも目を大きく、少しでも肌をきれいに、少しでも「モテる顔」に。
どんなに寝不足でも、どんなに気分が落ち込んでいても、ちゃんとメイクをして「可愛い和奏」でいることが、私のルールだった。
でも、写真を撮るようになってから、少しずつ考え方が変わってきた。
私は本当に「可愛く見せるため」だけにメイクをしていたの?
アイシャドウのパレットには、一番よく使うカラーが削れて底が見えている。
リップティントのキャップには、ポーチの中で転がったせいか、小さな傷がついていた。
ビューラーのゴム部分は、そろそろ替え時だ。
——なんか、いいな。
私はカメラを構えた。
これまでは「可愛くなるための道具」としてしか見てこなかったけど、こうして見ると、どれも「私らしさ」が詰まっている気がする。
ただ綺麗に撮るんじゃなくて、使い込まれた感じとか、私がどれだけ大切にしてきたかが伝わるように撮りたい。
何枚かシャッターを切って、画面を確認する。
光の当たり方を変えたり、角度を工夫したりして、私なりに「メイク道具の魅力」を引き出そうとした。
意外と面白いかも。
「……お前、本当にメイクが好きなんだな」
不意に、日高先輩の声がした。
顔を上げると、部室の入り口に立って、私の様子を見ていた。
「え?」
「今、お前すごい集中してた。いつもより真剣な顔してたぞ」
「そ、そうですか?」
そんなつもりはなかったのに、なんだか気恥ずかしくなって、思わず視線を逸らす。
でも、その瞬間、ハッとした。
これまで「可愛くなるための手段」だと思っていたメイク。
だけど、私は今、それをもっと素敵に撮ろうとしていた。
大事にしているメイク道具を、ただの「道具」じゃなく、私の一部として残そうとしていた。
「……そうかも」
ポツリと呟いた言葉は、思った以上に自然に口をついて出た。
日高先輩は少し驚いたように目を丸くして、それからふっと笑った。
「なら、いい写真が撮れそうだな」
その言葉に、私はもう一度、カメラを構えた。
2.3.4 「私の好きなもの」を写真に込める
メイク道具をテーマにすると決めた私は、さっそく撮影を始めることにした。
化粧ポーチを開くと、普段当たり前のように使っていたリップやアイシャドウが、少し違ったものに見える。
色とりどりのコスメがずらりと並び、その光沢やパッケージの繊細なデザインが、なんだか美しい。
「……可愛く撮りたいよね」
そうつぶやいて、机に並べてみる。
リップを立ててみたり、アイシャドウのパレットを開いたまま置いてみたり。
けれど、スマホで撮っていたときのような、ただの「映え写真」にしかならない。
「うーん……」
唇をかみながらカメラを構え、何枚かシャッターを切る。
でも、どこか物足りない。
可愛いはずなのに、これじゃ「私らしさ」がない気がする。
そのとき、ふと「ただ可愛いだけじゃなくて、大切なものとして撮りたい」という思いがよぎった。
私はメイクが好きだ。
ただ見た目をよくするためだけじゃなくて、「自分を作る」ために必要なものとして。
小学生のころ、母のリップをこっそり塗った日。
中学に入って、初めて自分で選んだコスメ。
高校生になって、ナチュラルに盛る技術を磨いたこと——
メイクは、私の「可愛くいるための努力」の象徴だった。
「……そうだ」
今までは「可愛く撮ること」ばかり考えていたけど、もっと大切なことがある。
私にとってのメイクって、何だろう?
私はポーチの奥から、一番使い込んだリップを取り出した。
もうケースのロゴが少し擦れてしまっているけれど、ずっと愛用してきた色。
これを、ちゃんと主役にして撮ってみたい。
背景を白い布に変え、自然光の入る窓辺に置く。
少し角度を変えながら、何度もシャッターを切った。
「……うん、いいかも」
モニターを確認すると、そこに写っているのはただのリップじゃない。
今までの私の「積み重ね」が詰まった、大切な一本。
それを見た瞬間、思わずつぶやいた。
「私、本当にメイクが好きだったんだな」
心の奥が、ふっと温かくなる。
写真を撮ることが、こんな気持ちを呼び起こすなんて思わなかった。
可愛く見せるためにメイクをしてきたはずなのに、それだけじゃない。
私は「好きだから」メイクをしていたんだ。
そして、写真だってそうなのかもしれない。
誰かに見せるためじゃなくて、自分のために撮る。
その大切さを、私はようやく知った。
——この瞬間、私の写真に対する意識がまた一歩変わる。
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