第2章 向き合いことで変わるもの②

2.2 和奏の変化

2.2.1 先輩たちのアドバイス


「うーん……」


カメラのモニターを覗き込みながら、思わず唸ってしまう。

今日の課題は「光を意識した写真」。


でも、なんだか思うようにいかない。



「和奏ちゃん、見せて?」


後ろから声をかけてきたのは白石先輩。

学校一の美女にして、写真部のエース。


私が彼女にライバル意識を持っていることなんて、本人はきっと気づいてもいない。



「えっと……逆光になっちゃって、顔が暗くなっちゃうんです」


私が撮った写真を見せると、白石先輩は少し微笑んでから、やわらかい声で言った。


「光の向きを意識するといいよ。屋外なら、太陽の位置を確認して、逆光じゃなくて斜光を使うと立体感が出るよ。逆光を使いたいなら、レフ板か白いものを使って光を反射させてみて」


「レフ板……?」


「たとえば、ノートの白いページを広げて光を当ててみるとか。それだけでも違うよ」


「なるほど……!」


言われた通りに、太陽の向きを意識しながら撮り直してみる。

すると、さっきよりも明るくて柔らかい雰囲気の写真になった。


「おお……! さっきより全然いいかも!」


「ふふ、光を意識するだけで、写真はぐっと変わるよ」


白石先輩は優しく微笑んで、次の撮影に向かっていった。



──よし、次は構図を意識してみよう。


私は写真部のもう一人の先輩、紬先輩の元へ向かった。

彼女は可愛らしい見た目をしていて、性格もほんわかしているけど、写真に関しては努力家で、すごく丁寧に教えてくれる。


「紬先輩、この写真なんですけど……なんか、まとまりがないっていうか……」


紬先輩は私の写真を見て、「うーん」と小さく唸った。


「構図のバランスかな。被写体をどこに配置するかで、写真の印象って全然違うんだよ」


「どうすればいいですか?」


「三分割法、試してみた?」


「三分割……?」


「たとえばね、画面を縦と横に三等分する線をイメージして、被写体をその線の交点に置くの。すると、自然とバランスが良くなるんだよ」


「へえ……! そんな法則があるんですね」


試しに、被写体を画面の中心から少しずらして撮ってみる。

すると、なんとなく写真に動きが出た気がする。


「わっ、なんか前より良くなったかも……!」


「でしょ? それとね、背景も意識してみて。ごちゃごちゃしてると、主役が埋もれちゃうから」


なるほど……。


光と構図を意識するだけで、こんなに変わるんだ。


でも、まだ技術的なことはよく分かっていない。


そんな私の前に現れたのは、無口なメガネ男子──

荒川先輩だった。


「滝沢、シャッタースピードは?」


「え?」


「さっきの写真、動いてる被写体だっただろ。ブレてる」


「あっ……確かに!」


「シャッタースピードを速くすれば、動きが止まる。逆に遅くすれば、ブレを生かした表現もできる」


「えーっと、どうやって調整するんでしたっけ?」


荒川先輩はため息をついて、私のカメラの設定を確認した。


「ほら、ここ。シャッタースピード優先モードにして……」


「おぉ……! 先輩、すごい!」


「基本だからな」


荒川先輩はそれだけ言って去っていった。

ぶっきらぼうだけど、教えてくれることは的確だ。


──最後に、日高先輩のところへ行ってみる。


彼は一応部長だけど、指導するというより、淡々と写真を撮るタイプ。

でも、私の写真を見ると、珍しく口を開いた。


「お前、ただ撮るだけになってる」


「え?」


「なんでそれを撮りたいと思った?」


「えっと……」


返事に詰まる。

私はまだ、「なんとなく良さそう」くらいの気持ちでしか撮れていない。


「カメラはシャッターを押せば撮れる。でも、それじゃ作業だろ。どう撮るか、考えろ」


「どう撮るか……」


「ただ撮るんじゃなくて、どう見せたいかを意識しろ」


日高先輩はそう言い残して、またファインダーを覗き込んだ。


──覚えることが多すぎる。

光、構図、シャッタースピード、そして写真に向き合う姿勢……。


でも、さっき撮った写真を見返すと、確かに前より少し良くなってる気がする。


「……もしかして、私、ちょっと成長してる?」

思わず、にやけそうになる。



でも、私は「日高先輩を落とすため」に頑張ってるの。

──この調子で、もっと写真を上手くなって、先輩を振り向かせてみせる!


そう意気込んで、私は再びカメラを構えた。







2.2.2 匠の一言と和奏の動揺


「……前より良くなったな」


その言葉が、思っていたよりずっと、胸の奥に深く落ちていった。


写真部の部室で、私は今日撮った写真をパソコンの画面に映しながら確認していた。

最近は自分なりに「いい感じに撮れた」と思える瞬間が少しずつ増えてきて、今日は特に手応えがあった。


光の入り方、被写体の表情の捉え方——

まだ完璧じゃないけど、前よりは確実に良くなっている気がする。


そんな私の後ろから、日高先輩がふいに覗き込んできて、短くそう言ったのだった。


「えっ……?」


思わず振り返る。

先輩は別に大したことを言ったつもりはないらしく、相変わらずのクールな表情だ。


「少しずつコツを掴んできたなってこと」


その一言で、また心臓が跳ねた。


前より良くなった。

たったそれだけ。


でも、日高先輩の口から出た「成長を認める言葉」が、思った以上に響いている。


いつも冷静で、誰に対しても感情をあまり見せない先輩。

私が初心者だからといって、変に褒めたりお世辞を言ったりするタイプじゃない。


だからこそ——

こんな何気ない言葉に、私はドキッとしてしまった。



おかしい。


今までだって、男子に褒められることなんて何度もあった。

それどころか、「褒めさせる」ように仕向けるのが得意だったはずなのに。


「……あ、ありがとうございます!」


とりあえず明るく返事をして、画面に視線を戻す。

だけど、自分の指が微かに震えていることに気づいた。


(え、何これ……?)


私はいつも、相手の気持ちを動かす側だった。


可愛く見える角度、絶妙な距離感、言葉の選び方——

全部計算して、男の子を「落とす」ことはできた。

けれど、今の私は完全に逆の立場に立たされている。


(なんで、私がドキドキしてるの……?)


焦りが胸の奥でじわじわ広がる。


日高先輩は、特に気にすることもなく、すぐに自分の作業に戻ってしまった。

その背中を見ながら、私はこっそり深呼吸する。



冷静になれ、滝沢和奏。

これは、ただの成長を認められただけ。


深い意味なんて、先輩自身にはない。


そう自分に言い聞かせても、心のどこかで「動揺した自分」に戸惑い続けていた。


(私、本当にこの人を落とせるの……?)


初めて感じる不安が、静かに胸を締めつけていた。






2.2.3 クラスメイトの言葉と和奏の葛藤


昼休み、教室の隅にあるいつもの席で、友達と話していた。

私たち、一軍女子の定位置。

日当たりがよく、自然とみんなの視線が集まる場所。


「ねえ、和奏、最近ちょっと変わったよね?」


隣に座っていた莉子が、スマホをいじりながら私を見た。


「え、そう?」


「なんかさ、写真ガチ勢っぽくなってきたっていうか!」


向かいに座っていた葵も、楽しそうに話に乗っかる。


「わかる! 最初はイケメン先輩を落とすために写真部入ったんでしょ? なのに最近、普通に熱心じゃない?」


「えー、そんなことないよ」


私は笑って軽く流す。

こういうとき、否定しすぎても怪しまれる。


だから、ちょうどいいニュアンスで受け流すのがコツ。


「でも、やっぱり日高先輩を落とす作戦でしょ?」


「そうそう!」


私は冗談っぽくそう返す。

莉子と葵は「だよねー!」と笑い合い、話題は次の話へと移っていく。



だけど。


私は手元のスマホを見つめたまま、笑顔を作るのをやめた。


……本当にそうなの?


確かに、最初はそうだった。

日高先輩はどこかミステリアスで、他の男子みたいに私に興味を示さない。

その態度が逆に気になって、落としたいと思った。


だから、写真部に入った。



でも、最近は。


気がつけば、部活でのことを考えている時間が増えている。

どう撮ればもっと雰囲気が出るか、どうしたら日高先輩に認められるか。

それって、彼を落とすため……だけじゃない。



でも、そんなの、認めたら。


「一軍女子」としての立場が揺らぐ気がした。


今までずっと、私は「計算して恋愛をする女」だった。

誰よりも上手に、無駄な失敗をせず、ちゃんと「可愛くて、モテる」ポジションを維持してきた。


もし今、「写真が楽しい」とか「もっと上手くなりたい」とか、そんなことを本気で考えている自分を認めたら。


今までの私は、何だったの?


「私はただ、写真を楽しんでるだけ……?」


そんなの、絶対違う。


違うはずなのに、どうしてこんなに胸がざわつくんだろう。

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