夢やこんこん堂々巡り

牧瀬実那

一切身に覚えがない話。

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 砂利ばかりの河原に、男とも女ともつかない痩躯の麗人が立膝で座っている。体の半分もありそうな大きさの琵琶を抱え、慈しみを顔に湛えていた。

 周りには自分も入れて沢山の幼子達が麗人の唄を待ち侘びている。

 果たして麗人が琵琶を爪弾きだす。


 時は九百九十九年九月九日。雲一つ無い空の下、婚礼行列が往く先を天気雨がしずしずと先導す。

 今日夫婦めおととなるふたりは共によわい白寿九十九の古狐。九歳ここのつのときから日に九度も巡り会う腐れ縁。惚れた腫れたも通り過ぎ、想いを書けば紙は九十九折つづらおり。酸いも甘いも深い壺の底を舐めるかの如く知り尽くす。

 気付けば揃って九十九髪つくもがみ。尾も割れ始め、いよいよ相果てるか神の御使いと相成るか。ならばいっそ一生の終わりから黄泉路の果てまでも共に往かんと観念し合い、到頭とうとう夫婦にならんと決心する。

 これは目出度きと、東西南北、全国各地津々浦々、浮足立ちて集いし同胞はらからその数なんと九十九。

 揃って九里をちんどんどん。

 船に乗らばえんえんやこらえんやこら。

 九百九十九の鳥居をくぐり抜け、いざやゆかりの深き社へ。

 迎えた大神主が案内したのは九間の大部屋。

 揃った二百の眼前と神前で、ふたりは厳かに三三九度の盃を交す。

 天晴あっぱれ神も認める夫婦となれば、後は祝宴を開くのみ。

 実は皆これが楽しみであった、と各々酒と肴に舌鼓。

 誰かがこんと鳴けば、皆こんこんと大合唱。

 飲めや歌えや踊れや騒げ。とんとんちきちき無礼講。

 光陰矢の如し、あっと云う間に朝ぼらけ。

 〆はわちきが唄いんしょうと、名乗り上げるは吉原住まいの狐太夫。

 これは大トリの降臨だと皆囃し立てるも、太夫は気にせず澄まし顔。

 夫婦へ納めた絢爛見事な寿ぎの歌舞は、誰もがほうと溜息を漏らす。

 最後に夫婦がご挨拶。

 我ら千代に八千代に共に在らん。

 ぺこりと頭を下げれば、何処いずこからが響き、これにて話は幕引きにて候。

 

 いつもここで夢も終わる。

 自分の呻く声だけが、唯一今が現実だと教えてくれた。

 一見縁起の良さそうな夢も、繰り返せば悪夢となる。

 起きていられる時間もどんどん短くなり、誰かに相談することもままならない。

 何が一体どうなっているのか。

 わからない内に、ああ、また琵琶の音が――

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夢やこんこん堂々巡り 牧瀬実那 @sorazono

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