10 思い出したくない?

 行くな、となぜ言えなかったのか。今頃、流光はどうしているだろう。

 好色で脂ぎった部長の相手をさせられて、どんな目に遭わされているか分からない。部長は流光の人格を尊重しないに違いない。便利で可愛いおもちゃ、ぐらいにしか考えないだろう。

 流光の気持ちなどおかまいなしに弄くりまわし酷いことをして、飽きたら捨てる。想像するだけで叫びたくなった。

 ならば自分はどうだったのか、と聡は振り返る。流光の力を利用して好き放題なことをした。そしてそのことに疲れたら、もう会わないようにしようと言った。彼女のことも考えての言葉だったが、流光はきっと傷ついただろう。聡のために一生懸命頑張ったのに放り出されたと感じたのではないか。

 だめだ、このままでは。このまま終わってはいけない。

 聡は拳を握り締めた。顔を上げる。走りだした。流光たちの去って行った方へ。

 どこだ、どこへ行った。可能性はいくつかある。まず、ファッションホテル。この辺りには、一つ裏の筋に入ればいくらでもある。特殊な趣味の人に対応できる部屋をそろえた所もあると聞く。あの部長なら、馴染みの場所があるかもしれない。

 一般のホテルという選択肢もあるはずだ。汚い手を使ってまで要職に就いているぐらいだから、部長は出世欲が強い。そういう人物なので見栄を張るのではないか。ちょっと高級な所に流光を連れて行き、見せびらかして、虚栄心を満たそうとするかもしれない。その場合は表通りだ。流光の妖精さんファッションではドレスコードに引っ掛かるかもしれないけれど。

 聡は周囲に鋭く目を配りながら、早足で歩いた。人ごみに来たのがあだになった。自分が探す立場になってみると、これほどやっかいな環境はない。

 どうすれば見つけられるのだろう。表通りか、裏の路地か。

 その時、聡の頭の隅に何かが引っかかった。この辺りには来たことがある。何をしに? 聡はあまり繁華街を好まない。わざわざ用もなく歩き回るとは思えない。何か目的があったはずだ。しかし、記憶はもやの中にあった。あまり思い出したくないことなのかもしれない。

 思い出したくない? そうか。

 聡は一つの結論に達した。もっとも自分らしくいられる場所。部長はそこに流光を連れ込んだのではないだろうか。だとしたら。

「やあ、お兄さん」

 後ろから声をかけられた。振り返ると、トレンチコートを着た一団が異彩を放っていた。

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