6 夢はないの?

 当選番号発表の日がやってきた。

 聡はリビングの薄型テレビの前に座っている。流光と並んで。麻衣子とありさは連れ立って買い物だ。

 一桁づつ番号が発表されていく。その度に聡は身を乗り出した。手元の宝くじに汗が滲む。流光の持つスティックの先端で、星が淡く明滅している。聡は十億円の宝くじに当選した。

「もしかして、当たりくじを知ってたんじゃなくて、僕の持っているものを当たりにしたのか?」

「ええ、そうですよ」

「軽く言うねえ」

「お金なんて、ただの数字じゃないですか」

 聡は小躍りしたりはしなかった。あ、そう、みたいな、妙に冷めた気分だった。

「おめでとうございます。十億円、何に使いますか」

 流光にそう言われて、ああ、当たったんだ、大金を手に入れたんだ、という思いが、ようやく腹の底からじわじわと湧き上がってきた。これで、ぴかぴかの超ハイスペックPCが買える。

「あ」聡は間抜けな声を出した。「新しいパソコンを買ったのがバレたら、麻衣子に何を言われるか分からない」

「見せなければいいじゃないですか」

「どうやってさ。僕には自分の部屋なんかないんだよ。娘のありさにはあるのに」

「部屋がなければマンションを買えばいいじゃない」

 パンやお菓子を買うのとはわけが違うのだが。

「自分だけの隠れ家か」

 このところ残業が増えてね。ああ、今日は休日出勤だ。ちょっと散歩に。

 工夫したつもりの言い訳など、麻衣子にはお見通しだった。

「このまえ親戚だって言ってた女の子と付き合ってるんじゃないでしょうね」

「あんなに若くて可愛い子が、僕を相手にすると思うか?」

「思わない」

 おい。

「……だよね。自分の部屋で遊んでるだけだよ」

「そんなもの、どうやって手に入れたのよ」

 しかたなく、ことの次第を説明する。当然のように信じてもらえなかった。でも預金通帳を見せたら目の色が変わった。

 夫婦そろって贅沢をした。お金で買えるものは何でも買った。車、服、バッグ、高級料理、エステ。海外旅行の計画も着々と進んでいる。

「どうせなら、タワーマンションでも買いましょうよ」

「そんなことしたら、さすがにお金がなくなってしまうんじゃないか」

「また宝くじを当ててもらえばいいじゃない」

「なるほど」

 娘のありさだけは慎重な態度を崩さなかった。

「だめだよ」ありさの目は冷めている。「あんまりこき使ったら、妖精さんが可愛そうだよ」

 我が娘ながら、なんていい子なんだ、と聡は誇りに思った。どうしてこんなに心のきれいな子に妖精さんが見えないのだろう。

 お金はできた。庶民の貧弱な発想で思いつく限りの贅沢を尽くしている。しかし、時間だけはどうにもならなかった。相変らず仕事が忙しい。

「辞めればいいじゃない」

「簡単に言うなよ。たしかに忙し過ぎるとは思うけど、やりがいがあるんだ」

「他にやりたいことはないの? 若い頃の夢とか」

 聡は会社を辞めた。

 音楽制作機材をしこたま買いこんで自分の部屋に並べた。学生時代、ミュージシャンになるつもりでいた。でも自分に才能がないことを認めるだけの良識は持ち合わせていた。

 機材に流光が光の粉を撒いた。恐ろしいほどにすばらしい曲が次々に完成していった。動画サイトで公開した。爆発的な再生回数を記録し続けた。でもやめた。飽きたのだ。自分の才能で作ったんじゃない曲がいくらヒットしても、何の喜びもなかった。

 世界的なピアノコンクールで優勝した。国際バレエコンテストも楽勝だった。絵を描けば金賞を受賞して一億円の値が付いた。適当に書いた小説が著名な文学賞を総なめにした。百メートル走はスキップで世界記録だ。ゴルフをやれば十八打でホールアウト。プロサッカーリーグでは、ひと試合で七十五ゴールを決めた。

 ぜんぶやめた。すべて流光の力によるものだった。

 聡は家にこもりがちになった。妻の麻衣子も似たような状態だった。ありさだけは、普通に高校に通い続けている。

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