5 買えるの?

 聡はパソコンの画面を睨みながら額に汗を流していた。一生懸命働いているのではない。リビングのエアコンは壊れていないし、運動しているのでもない。

 旧式のノートパソコンの画面に映っているのは、発表されたばかりの、ぴかぴかの、超ハイスペックPCだ。お値段もハイスペックだ。

 妻の麻衣子におねだりしたとする。新しいのが出るんだよ。ああそう。僕のやつ、そろそろ古いからさ。動かないの? え、動くけど。何が違うの? 早いんだよ。早いと何がいいの? 処理が軽いんだよ。重いと使えないの? 使える、けど。

 だめだ。興奮と絶望の狭間で汗がしたたり落ちる。

 ほしい。自分で自由に使えるお金が。大金が。でもそんなもの、望むべくもない。

「どうしたんですか。なんだか苦しそうですよ」

 いつの間にか、隣に流光が座っていた。

「どこから入ったの?」

「あなたの心の隙間からです」

「それ、ちょっと怖いんだけど」

 休日の今日、麻衣子はママ友たちとランチに行っている。ありさは友達とでかけた。一人でだらだらできる。そう思った矢先に、聡はとんでもないものを見つけてしまったのだ。

「何かお悩みですか」

「うん、ほしいものがあるんだけどね」

「お金で買えるものですか」

「買えるよ。量産型の工業製品だから」

「つまり、お金があればいいわけですね」

「そう、お金があれば――って、もしかして出せるの? この前の水割りみたいにシャララーっと」

「いくらですか」

「五十万」

「それだけでいいんですか」

「百万」

「なるほど」

「一千万、いや、一億」

「ふむふむ」

「十億。そうだ、十億円欲しい」

 流光はうなずいて立ち上がった。

「行きましょう」

「どこへ」

「十億でしょ。買いに行きましょう」

「十億円って買えるの?」

「タネ銭は必要ですけどね。三千円、持ってます?」

「そのぐらいなら」

 財布をひっくり返した。なんとかなる。

 案内されて辿り着いたのは、競艇場ではなくて宝くじ売り場だった。

「当たりくじが分かる、とか」

「分かる、というのとは少し違います。好きなやつ買って下さい。連番十枚」

 当たりのくじが赤く点滅するのを期待したが、それはなかった。気合を込めて目をつぶって指差した。はいこれね、と言っておばちゃんが渡してくれたのは、なんの変哲もない宝くじ十枚だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る