4 魔法は?
「ねえ、本当に親戚のお嬢さんなの? 偶然、会ったのよね。夕べは疲れていてゆっくり訊けなかったけど、ヘンな関係の女じゃないでしょうね。名前は?」
「
もう会うこともない。適当で問題ないだろう。空を飛んでいるように見えたのは、酔いが残っていたせいに違いない。
「それにしても、ちょっと変わった子だったわね。服装も個性的だし」
「まあ、そういう場所だからね、あそこは」
今一つ納得のいっていない様子の麻衣子は、何気なくリビングの時計に視線を向けた。
「たいへん」目を見開く。「出勤の時間が過ぎてるじゃない」
聡は食パンにかじりついた。首を縛るように麻衣子にネクタイを絞められて飛び出した。バス停に向かってダッシュする。
「カバン!」
昔のドラマのように玄関から叫ばれて、慌てて取りに戻った。バスは行ってしまった。
おやおや、テーマパークに家族連れで行ってきた人は、やっぱりひと味違うなあ。余裕のご出勤だ。
部長の嫌味が聞こえてくるようだ。職場への土産として買った、海賊の財宝まんじゅうを出しづらくなってしまった。
「おはようございます」
顔を上げると、妖精さんが微笑んでいた。
「今日もバイトなんだね」
「なんのバイトですか」
「テーマパークで働いてるんじゃないの」
「違いますよ」
夕べと同じく、いかにも妖精さんらしい服を着ている。普段着だとすればずいぶん奇抜だけれど、若い子の考えていることは分からない。そういうファッションなのだろう、と聡は理解することにした。それにしても。
「それ、どうやってるの」
「それ?」
「君が宙に浮いているように見える。手品かなんかだろ」
「手品を英語で言うとマジック。では魔法は?」
「クイズか。魔法を英語で……なんだろう」
「マジックです」
妖精さんがスティックを一振りした。七色の粉が聡に降りかかった。地面から足がふわりと離れた。
眼下に流れていく町の景色を眺めながら、子供の頃、超人が主人公の映画でこんな飛行シーンがあったなあ、と聡は思い出した。すごく興奮したものだ。
でも、ドローン撮影が普通になった現代では、さほど珍しい風景でもなかった。科学技術は人々に夢を見せるが、同時に夢を奪ってもいく。
しかしながら、飛翔の効果は絶大だった。バスを追い越し電車と競争をして、ついでにオフィス街を一周する余裕まであった。
会社のビルに近づいて、十一階の窓から中にいる同僚たちに手を振った。みんなぎょっとしたような顔で凝視してきたが、隣に妖精さんがいることに気づくと、なにごともなかったかのように仕事に戻っていった。
二人は地上に舞い降りた。
「ありがとう、妖精さん」
「流光です」
「え、それは僕が適当につけた名前だよ」
「あなたが私につけたから、それが私の名前なんです」
そうなんだ、と呟きながら、聡は会社のエントランスをくぐった。流光は手を振った。
妖精さんと一緒に出勤したことについて、誰も何も言わなかった。それがかえって不気味だったが、考えてみれば、もし逆の立場なら聡もコメントはしなかっただろう。妖精さんを見た、なんて人に話したら笑われるに決まってる。
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