3 飛んだ?
帰り道の車の中。麻衣子とありさは後部座席で眠っている。聡も眠っている。運転席に座って。ハンドルは握り、運転姿勢だけはちゃんとしていた。
閉園時間を過ぎてからも、女二人はショップでしぶとく粘った。すでに深夜に近い時間帯だ。
助手席に座った妖精さんが手にしているスティックの先端にある星が、淡い光を明滅させている。彼女は左右に小さく体を揺らしながら鼻歌を歌っていた。
前方に赤いライトがいくつも光り始めた。ビームサーベルのようなものを持った男が車道に出て来て進路を塞いだ。
「聡さん、起きて下さい。飲酒検問ですよ」
のんびりした声で妖精さんが聡を起こした。
「えっ」
びくん、と目を覚ました聡は一瞬で状況を把握した。警察官の誘導に従って車は停まった。
「お疲れさまです」妙に親しげに、中年の警察官は聡に声をかけた。「おや、お嬢さんはコスプレですか。テーマパークから帰るところかな。いいですね」
聡は体が硬直して少し震えていた。検査を受ければ酒を飲んでいることが分かってしまう。
「これは普段着ですよ」
妖精さんは、にこやかに応対した。
「あはは、おもしろい娘さんだ」警察官は笑いながら検査装置を差し出した。「ご協力をお願いします。思いっきり吸って、それから、ここを一気に吹いて」
観念するしかなかった。聡は言われるままに息を吐いた。上目遣いに警察官を見つめる。
「はい、結構ですよ。お気をつけて」
拍子抜けしたような顔をしている聡を、警察官はビームサーベルで誘導し始めた。静かに車が動き出す。聡はアクセルを踏んでいない。
麻衣子が後部座席で深く息を吐いた。
「どうなるかと思ったじゃない。お酒、抜けたのね」
そんなはずはない。水割りを飲んでから、まだ十分と言えるだけの時間は経っていないのだから。アルコールを摂取してから完全に分解するまで六時間はかかる、と聡は聞いたことがある。実際、目の裏には軽く酔いの気配が残っていた。妖精さんが助手席でウィンクした。
自宅の駐車場に一発で駐車が決まった。いつもなら数回切り返して、それでも斜めになっているのに。疲れと酔いで眠っていたのではっきりしないけれども、聡は車に乗ってからここまで、まったく運転操作をした覚えがなかった。
「本当にここでいいの?」
麻衣子が妖精さんに訊いた。
「ええ、すぐ近くですから」妖精さんは車から降りてお辞儀をした。「送っていただいて、ありがとうございました」
踊るような足取りで去っていく妖精さんに背を向けて、麻衣子は半分眠ったままのありさの手を引いて家に入った。聡と二人だけになると、妖精さんは背中から半透明の翼を広げた。空へと羽ばたく。七色の光の粉を振り撒きながら闇に溶けていった。
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