2 見えない?

「喉が渇いたでしょう? 水割りでもお作りしましょうか」

 ほとんど接触するぐらいの近さで隣に座った妖精さんは、飲み屋のお姉さんのようなことを言いだした。聡はそういう店にはほとんど行かない。行く暇がない、ということもあるが、あまり興味がなかった。家でゆっくり飲むのが好きだ。幸せなことかもしれない。くつろげる家庭があるのだから。

 娘のありさが寝たあとに妻と晩酌をすることもある。二つ年上の麻衣子は料理が上手い。手早く作ってくれたつまみをいただきながら、氷を入れたグラスにウィスキーを注いでカラン、と乾杯する。

「いいね。一杯もらおうか」

 妖精さんにお酒は似合わない気もするが、せっかくなので彼女に付き合ってあげることにした。それも仕事のうちなのだろうから。

 妖精さんが星のついたスティックを振ると、きらきらとした音と共に七色の光が流れて彼女の目の前に水割りが出現した。グラスが汗をかいている。

 空中に手を伸ばして、妖精さんは浮いているグラスを掴んだ。聡に差し出す。

「はいどうぞ」

 みごとなお手並みだ。ずいぶん練習したに違いない。感心しながら、聡は受け取った。

 冷たい。少なくとも氷は本物のようだ。匂いもそれっぽい。そっと口に含んでみた。スコッチだろうか。割っているのは水道水ではなさそうだ。飲み込んだ。まろやかなアルコールの刺激が喉を滑り降りていった。鼻から抜ける薫りは芳醇だ。歩き疲れた体に優しい温もりが広がって心地よい。今まで飲んだ中で最高に旨いと思えた。

 二杯目を飲みほしたところで、麻衣子とありさが戻ってきた。

「お父さん、何してるの」

「妖精さんとお話しながら、お酒を飲んでるんだよ」

 聡が朗らかにそう言うと、妻の麻衣子が目を細めた。機嫌を損ねた時に聡に対してよく見せる表情だ。

「妖精さん? どこにいるの」

 ありさは、辺りを見回した。

「どこって、ほら、お父さんの隣にいるじゃないの」

 麻衣子は妖精さんに敵意の感じられる視線を送った。聡と体を寄せ合って座っているのが気にいらないのだろうか。

 妖精さんは澄んだ瞳で聡を見つめて微笑んでいる。

 不思議そうにベンチを見ていたありさが首を振った。

「いないよ」

「いるじゃないか」聡は隣を指差した。「見えないのか」

 ありさは瞬きを繰り返した。

「何してるのよ、お酒なんか飲んで」不機嫌な声で麻衣子が言う。「今日、車で来てるのを忘れたわけじゃないでしょうね」

 そうだった。聡は、せっかくのほろ酔い気分が冷えていくのを感じた。麻衣子は免許を持っていない。

「まいったな」

「まいったな、じゃないでしょ。どうするの。あなた、お酒弱いんだから、すぐには抜けないんじゃないの」

 自分では抜けたつもりでも、飲酒後、数時間で運転などしては危険だ。

「大丈夫ですよ」

 妖精さんが穏やかな表情で微笑んだ。

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