「眠気覚ましや」

 レイ達空路組は箒に乗り、【神竜の寝床】へと旅立った。

 その場に残されたシャルルルカ率いる陸路組は、飛び立つ彼女らの姿を見送った。


「さて、飛べない家畜諸君。私達も出発しよう。《身体強化エグゼルシス》の準備を」

「え、《身体強化エグゼルシス》? なんでなん?」


 エイダンが疑問をぶつける。


「走って行くからな」

「え!? 馬とかで行くんと違うんか!?」

「何処から馬が出て来るんだ。急に陸路で行くことになったんだから、用意出来る訳ないだろう」


 シャルルルカは呆れたように言った。


「確かにそうやけど……。そもそも、ダッシュで行って時間までに着けるん?」

「私についてくればわかる」


 エイダンが瞬きをした一瞬、シャルルルカの姿がその場から消えた。


「えっ! 先生!? 何処行ったん!?」


 エイダン達が周囲を回すと、遠くの方で走っているシャルルルカの後ろ姿が見えた。


「あっ!? もうあんなところに!?」

「あ、あの速さについていくの……!?」


 ジュードは情けない声を出す。

 そうしている間にも、シャルルルカはどんどん先に進んでいく。


「リリ達も行くわよ! 早くしないと見失っちゃう!」


 すかさず、ブリリアントが言った。

 エイダンは頭を掻きむしった。


「……ええい、ままよ!」


 三人は一斉に魔法の呪文を唱える。


「──《身体強化エグゼルシス》!」


 □


 暫く走り、森の中に入った。

 シャルルルカはスピードを落とす気配が全くなく、エイダン達はついて行くのがやっとだった。


「ひい……ひい……! な、なあ、シャルル先生! ちょっと休憩せん!?」


 エイダンが息を切らせながら言う。

 シャルルルカはその声にやっと立ち止まって、エイダン達の方に振り返った。

 エイダン達は大量の汗をかき、肩で息をしていた。


「若いのに体力ないなあ、お前ら」

「あんたの体力が無尽蔵なんや……。なんで息上がってないねん……」


 シャルルルカは少し思案した後、前を向いて歩き始めた。


「先生……!? きゅ、休憩は……?」


 エイダンは呼び止めるが、シャルルルカはどんどん先へ進んでいく。

 エイダン達は仕方なく、ついて行く。

 息を整えながら少し歩くと、川の流れている開けた場所に出た。

 シャルルルカはそこで足を止めた。


「丁度水場だ。ここで五分休憩を取る」

「うひい……」


 エイダン達生徒三人はその場に崩れ落ちる。


「もお! 汗でメイクが滅茶苦茶だわ!」

「僕、もう走れないよ……」


 ブリリアントとジュードが文句を言う。

 エイダンは上着を脱ぎ、襟元を緩めて、脱力する。

 疲れからか、エイダンに眠気が襲ってきた。

──ああ、またや……眠くなって……。

 バチン、と、気づけば自身の頬を叩いていた。

 その音に、ブリリアントとジュードはびくりと肩を飛び上がらせた。


「え、エイダンくん、いきなりどうしたの……? 今の痛かったでしょ」


 ブリリアントが心配そうにエイダンの顔を覗き込む。


「眠気覚ましや……」


 エイダンの頬がじんじんと痛むが、眠気は覚めないままだった。


「エイダン」


 うとうととしているエイダンの隣に、シャルルルカが座った。


「お前は何故飛ばないんだ?」


 シャルルルカがそう問いかける。

 話していれば少しは眠気も吹き飛ぶだろう、とエイダンは質問に答えることにした。


「……昔、飛行中に居眠りして落下したことがあったんや。それ以来、飛べへんようになったです」

「トラウマ?」

「せやね。そんときの夢、しょっちゅう見てまうし……」


 エイダンは夢について思い出す。

 落下する浮遊感と心臓を突くような恐怖感に苛まれながら、目を覚ますのだ。

 二度とあんな思いをしたくない、眠りたくない、と思うのに、いつも眠気には勝てない。


「私も見るよ。悪夢を」


 シャルルルカは軽い調子で言った。


「へえ、あんたにも怖いもんあるんや?」

「山程あるさ」

「例えば?」

「死」


 エイダンは思わず笑ってしまった。

 死が怖いなんて、当たり前のことだ。


「それは、わしも怖いですね。自分が死ぬ夢をよう見るんですか」

「自分が死ぬよりも怖い夢さ」

「何やろ?」

「私の知り得る全ての人が死ぬんだ」


 エイダンは言葉に詰まった。

 もし、自分と親しい人間が皆亡くなったら?

 そう考えると、自分も怖くなった。


「それは……確かに、自分が死ぬよりも怖いやんな」

「お前達が生まれる前──魔王がいた頃は、それがあり得た」


『昨日は誰々が死んだ』

『今日は誰々が死んだ』


「……そして、考える」


『──明日は自分かもしれない』


「みんな、そないなこと……」


 エイダンは信じられなかった。

 エイダンの物心つく頃には、魔王はいなくなっていた。

 死が身近にあったことなど、一度もなかった。


「目の前にある死体を見て、明日自分がその姿になることを想像し、ほとんどがその通りになった」


 シャルルルカは胸に手を当てた。


「そして、私も例に漏れず」

「先生は生きてはるやないですか?」


 何を言ってるんだ、という風にエイダンは言う。


「死んだ方がマシだったかもな」


 シャルルルカはそう言って、けらけらと笑った。

──この人に、何があったんやろか。

 エイダンはそう思ったが、詳しく聞くことはなかった。

 シャルルルカお得意の嘘かもしれない。

 あるいは本当だったとしても「信じたのか?」と馬鹿にしたように笑って、嘘にしてしまうかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る