「飛べたとしても」

 翌日、午前八時になる少し前。

 レイとシャルルルカは校庭に足を踏み入れた。

 校庭には既にたくさんの生徒が集まっていた。


「結構、大勢で行くんですね。あたし達四年生と……五、六年生もいそうです?」

「中等部の全学年と高等部の全学年もいるな」

「滅茶苦茶多いですね……」

「プロと同等の結界を張るにはこの人数でも足りないくらいだ」

「そりゃあ、そうでしょうけど……」


──というか、前も言ってたけど、結界魔法のプロって何だろう? そんな職業あったかな……?

 レイは頭を捻ったが、思い当たらなかった。


「おはようございますわぁ。レイちゃん、シャルル先生」

「おはようさん」


 マジョアンヌとエイダンが挨拶をする。


「おはようございます。マジョ子ちゃんにエイダンくん!」

「時間ギリギリやなあ。先生は早よう来んとあかん違うんか?」


 エイダンが言う。


「えっ。そうなんですか」

「わしもよう知らんけど、先生同士で打ち合わせとかあるんやないん?」


 レイはじとっとした目でシャルルルカを見た。


「先生? あたし、何も聞いてねえんですけど?」

「私も打ち合わせがあるなんて聞いてない」


 シャルルルカはけろっとした顔で言う。


「ほ、本当かなあ……」


 本当に打ち合わせがあったのか。

 打ち合わせはあると言われたが、聞いてなかった、又は忘れたのか。

 それとも、聞いていたが嘘をついているのか。

 可能性がたくさんあって、レイはシャルルルカを強く叱れなかった。


「さて。【神竜の寝床】は少し遠いからな。空から向かう。諸君、箒は持ってるな?」


 シャルルルカは生徒達の方を向いて問いかける。


「持ってます! シャルル先生の分もちゃんとありますよ!」


 レイは自分の箒とシャルルルカの箒を上に掲げて見せた。

 他の生徒も自分の箒を手に持つ。


「マジョ子、魔法が使えるってわかってから、飛べるように練習しましたのぉ。初めての長距離飛行ですから、ワクワクしますわぁ」


 マジョアンヌはニコニコと笑っている。

 その横で、エイダンは浮かない顔で自身の箒を見つめていた。


「エイダンくん? 顔が真っ青ですよ」


 レイがエイダンに声をかけた。


「具合が悪いなら、保健の先生を呼びましょうか?」

「……いや、大丈夫や。いけるいける」


 エイダンは自分に言い聞かせるように呟いた。


「うん……? もしかして、空飛ぶのが怖いとか?」

「そ、そんな訳ないやん! 空飛ぶのが怖い魔法使い見習いが何処におんねん!」

「ここにいるのでは?」

「うぎぎ……」


 エイダンは悔しそうに歯を食いしばる。


「前に、飛行魔法を使うてて落下したことがあってな……」

「え! 落下!?」

「居眠りしてもうて……」

「……あー」


 レイは普段のエイダンを思い出す。

 彼は時々、糸がプッツンと切れたように眠ってしまうことがある。

 あれが空中で起きたのだとしたらと思うと、レイはゾッとした。


「怪我は大したことなかったんや。でも、それ以来飛べへんくなってな……」


 エイダンは自虐的に笑った。


「アホみたいやろ? こんなどうしようもない理由で飛べへんなんて」

「そんなこと──」

「ええんや。わかっとるから」


 エイダンはマジョアンヌを見た。

 マジョアンヌは箒に座ってフワリと浮き、飛び立つ練習をしている。


「マジョ子はんは凄い人や。ちょっと前まで魔法を使えへんかったんが、嘘みたいに使いこなしとる」


 エイダンは暗い表情で俯く。


「それに比べて、わしは……」

「見──下していた人間が、いつの間にか見下せなくなって気分が悪いか?」


 いつの間にか傍に来ていたシャルルルカが、エイダンに顔を近づけてそう言った。

 エイダンは驚いて後退りをした。


「違うねん! わしは見下してた訳やなくて……」

「同類だと思っていた? では、一緒にゴールしようと手を繋いでいたところ、直前に裏切られて先にゴールされた気分か」


 シャルルルカがエイダンの箒を持つ手を掴む。


「エイダン、お前が空を飛べないのは思い込みだ。飛びたくないから飛べない……いいや、飛ばないだけ」

「飛べたとしても、きっとまた、居眠りしてまう。それが怖いんや……」


 エイダンはシャルルルカに少し期待していた。

 マジョアンヌが魔法を使えるようにしたように、自分も空を飛べるようにして貰えるのではないかと。


「どうしても飛ばないなら仕方がない」


 エイダンの期待を裏切るように、シャルルルカは頭を振った。


「他に空を飛べない愚か者は?」


 シャルルルカは他の生徒に呼びかける。


「実は僕も苦手で……」


 白衣の少年・ジュードがおずおずと手を挙げる。


「り、リリも!」


 メイクをばっちりと決めた少女・ブリリアントも次いで手を挙げた。

 シャルルルカは頷く。


「オーケー。では、飛べない者は陸路で行こう」


 シャルルルカはピエーロに歩み寄った。


「ピエーロ先生、私と三名の生徒は陸路で向かいます。箒で向かうD組の生徒達は頼みます」

「な、何言ってるのだ、シャルルルカ先生! 自身の生徒の監督を放棄するのか!?」

「わかりました。では、飛べない貴方の生徒の面倒は私が見ます。それでウィンウィンです」

「何もわかっていない! 我が輩のクラスは貴様のクラスとは違って、全員飛行魔法をマスターしている! 交渉にもなっていない!」

「では、監督しなくても良いです。私の身は一つしかありませんからね」

「ようやく、理解したか……」


 ピエーロはホッと胸を撫で下ろした。


「前年、飛べない生徒は学園に残り、自習をさせていました。貴方もそのようにして下さい」


 ピエーロはシャルルルカにそう助言をする。

 しかし、シャルルルカはそれを無視し、レイに声をかけた。


「レイ、地図は持ってるな?」

「は、はい。持ってます」


 レイは戸惑いながらも頷いた。


「私の幻影を先頭に飛ばし、お前がD組の最後尾を飛べ。後ろから【神竜の寝床】へナビゲートをするんだ。私達は徒歩で向かう」

「二つの魔法を同時に!? で、出来るかな……」

「ちょ、ちょっと待て!」


 ピエーロが話を遮った。


「何ですか?」


 シャルルルカはあっけらかんとした顔で言う。


「我が輩はD組を見ないと言っただろう!」

「ええ、わかってます。D組の生徒に何があっても、ピエーロ先生の責任ではありません」


 シャルルルカはニヤニヤと不気味に笑う。


「子供達が大怪我をしようが、行方不明になろうが、死のうが、貴方の責任ではありません。ええ。全て、私の責任です。その場にいなかった私の判断ミス……」


──なんて最低な人間だ。

 ピエーロは心の中で悪態をつく。

──此奴の勝手な行動で真っ先に被害を被るのは子供達! 子供達がどうなろうが、此奴には関係ないのだ。嘘だろうが嘘でなかろうが、我が輩の罪悪感を刺激して、首を縦に振らせる気なのだ!

 それをわかっていても、ピエーロが了承する以外に道はない。

 断れば、D組の子供達を不安にさせるだけ。

 シャルルルカにダメージはない。


「……我が輩がD組の生徒達を見る」

「物分かりの良い先生で助かりますよ」


 シャルルルカはへらへらと笑った。

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