「それは、ただの棒切れだ」

 マジョアンヌはターゲットくんを追いも、校庭を去りもせず、その場に留まっていた。

 それに気づいたシャルルルカは言う。


「おい、何をしている? ターゲットくんはあっちだ。さっさと行け」

「マジョ子、魔法使えないですからぁ」

「魔法は誰にでも使える。使えないと自らを縛っているからいつまでも使えない。魔道具を出せ」


 マジョアンヌはおずおずと、自身の魔法のタクトを取り出す。

 一度も使われていないマジョアンヌのタクトは、新品そのものだった。

 シャルルルカはそれを見て、頭を振る。


「それは魔道具ではない」

「これは魔道具屋で買ったものですわぁ。れっきとした魔法の杖ですわよぉ」

「良い時計を持っているじゃないか」


 シャルルルカはマジョアンヌの腰についている懐中時計に手をやる。

 マジョアンヌは咄嗟に、それをシャルルルカの手から遠ざけた。


「こ、これは、マジョ子の誕生日に祖母から頂いたものですのぉ。魔法の杖ではありませんわぁ」

「文字盤に魔法石が埋め込まれているな?」

「よく見てますわねぇ。魔法で動いて、狂うことがないんですわぁ。凄いですわよねぇ」


 マジョアンヌは誇らしげに言う。

 シャルルルカはうんうんと頷いた。


「ああ、立派な魔道具だな」

「魔道具は魔道具ですけどぉ。既に魔法陣が組み込まれていますわぁ。別の魔法は使えませんのぉ」

「どうやら、魔道具の意味をわかってないみたいだな」

「わかってますわぁ」


 マジョアンヌはムッとして言う。


「魔道具は、魔法石が埋め込まれているものですわよねぇ。しかし、魔道具には二種類ありますわぁ」


 一つは、魔法を使うときの補助的な役割を持つもの。

 もう一つは、魔法陣を組み込んでおき、魔力を込めるだけで組み込まれた魔法を発動するもの。


「先生がおっしゃっているのは前者ですわよねぇ?」

「いいや、どちらもだ」

「……どちらも?」

「魔道具は魔法を補助するものだ。魔法陣が組み込まれているか、そうでないかの違いだけ。元は一緒」

「一緒……。それ、本当ですのぉ?」


 マジョアンヌは疑いの目でシャルルルカを見つめた。

 シャルルルカはニヤリと笑う。


「何、魔法陣通りの魔法を使わなくても罰は当たらんさ」


 マジョアンヌは懐中時計をじっと見つめる。

 一秒一秒、確実に時を刻んでいる。


「魔法は心で使う。自身の魔道具には思い入れのあるものを選べ。心のこもってないそれは、ただの棒切れだ」


 シャルルルカはマジョアンヌから新品同然の杖を奪い、放り投げた。


「な、何するんですかぁ」

「良いか、マジョアンヌ。魔法は想像力だ」


 シャルルルカはマジョアンヌの背後に回り、ターゲットくんを指差す。

 マジョアンヌはつられて、ターゲットくんを見る。

 クラスメイト達がそれに向かって、水や雷などの魔法を放っていた。


「ここは魔法学園! お手本は目の前に山程ある」


 シャルルルカは自分の手を、時計を握るマジョアンヌの手に重ねた。


「思い浮かべろ。あの的を射抜く様を」

「で、でもぉ、マジョ子はぁ──」


──魔法が使えない。

 マジョアンヌはそう言おうとしたが、シャルルルカが口を挟んだ。


「呪文だ」

「へ?」

「それは口にするだけで、魔法を発動してしまう。良い魔法であれ、悪い魔法であれ」


 マジョアンヌはそう言われて、言葉を飲み込んだ。


「さあ、魔法の呪文を唱えるんだ」


 マジョアンヌは懐中時計を前に差し出した。


「……マジョ子は魔法が使える」

「そう。お前は魔法が使える」


 マジョアンヌは大きく、大きく息を吸って、呪文を吐き出した。


「《稲妻トネール》」


 いつもと違う感覚だった。

 身体の奥底から何かが込み上げてくる、鳥肌の立つような感覚。

 マジョアンヌの懐中時計からバチバチと点滅し、電撃が生み出される。


「嘘……!」


 懐中時計から放たれた雷撃は、あらぬ方向に向かっていた。

 エイダンの横を通り、レイの頭上を通過した後、校庭に落ちる。

 ターゲットくんは『マヌケー』とマジョアンヌをバカにした。

 マジョアンヌは魔法を放った衝撃で、尻餅をついてしまった。


「魔法、使えましたわぁ……」


 呆然と雷撃が落ちた場所を見つめる。


「今の……マジョ子はんが?」


 エイダンが訝しげにマジョアンヌを見る。

 マジョアンヌは先程の雷撃がエイダンの横をかすめたことを思い出し、サッと顔を青ざめた。

──エイダンくんに叱られる!


「ご、ごめんなさい! 上手くコントロール出来なかったんですわぁ……!」


 無言でずんずんと近づいてくるエイダンに、マジョアンヌは咄嗟に謝る。

 エイダンはマジョアンヌの手をぎゅっと握り、嬉しそうに笑った。


「凄いやん、マジョ子さん! 魔法が使えるようになったんやね!?」


 マジョアンヌは目を見開いて、エイダンを見つめた。


「魔法、使えるじゃないか。嘘つきマジョアンヌ」


 シャルルルカはマジョアンヌを鼻で笑った。


「さあ、さっさと的に当ててくれ。私は帰りたいんだ」


 そう言って、シャルルルカは木陰で寝そべった。

 長い授業になるだろう、と見越してのことだった。

 その予想は的中し、日が落ちるまで追いかけっこは続いた。


 □


「キョーマ様、あれ見て下さい。D組が校庭で遊んでますよ」


 同じ四年C組の生徒にそう言われて、キョーマ・キャラメリゼは校庭を見た。

 校庭の隅の方で、動く的を追いかけて初級魔法を放っているD組の生徒達がいる。

 キョーマ達の目には、それが遊んでいるようにしか映らなかった。


「落ちこぼれ達は良いですよねえ。努力しなくて良くて」


 D組を嘲笑する横で、キョーマは不貞腐れた顔をしていた。

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