記念すべき初授業を始めよう

「ただの的ではない」

「今度こそ終わらせてやったで……スクワット千回!」


 再び職員室を訪れたエイダンは、息を切らせながらそう言った。

 空には太陽が天高く登っている。

 シャルルルカに『スクワットを千回してこい』と命じられてから、三時間以上経っていた。

 疲れ果てている生徒達を見て、シャルルルカは大きくため息をついた。


「……そんなに私の授業が受けたいのなら仕方ない」


──別にお前の授業を受けたい訳じゃない。

 生徒達全員そう思ったが、口に出す元気はなかった。

 シャルルルカは腰をゆっくりと上げた。


「校庭へ出ろ」

「へ? 校庭? なんや、今度は『校庭百周~』とか言うつもりなんか?」

「まさか」


 シャルルルカは鼻で笑った。


 □


 ドロップ魔法学園の初等部の校庭はかなり広い。

 部活動に精を出す生徒達が校庭の九割を使用していても、まだ一クラスが使用出来る分の空きがあった。

 四年D組の生徒達は邪魔にならないよう、空いている校庭の隅に集まった。


「今からお前らにはこれに魔法を当てて貰う」


 シャルルルカはそう言いながら、自身のとんがり帽子の中に手を突っ込んだ。

 ずるりと中から取り出されたのは大きな壺だった。


「わあ!」


 マジョアンヌが歓声を上げる。


「空間魔法ですわぁ! 凄ぉい!」

「凄いんですか?」

「空間魔法の魔法陣が組み込むのは、とっても大変なのですわぁ。だから、市場に並ぶことも滅多にありませんのよぉ」

「知らなかった……」


──シャルル先生は帽子を乱暴に扱って、直ぐに壊しちゃう。その度にさくっと作り直してたから、簡単に出来るもんだと思ってた……。

 今シャルルルカが使っているとんがり帽子もかなり年季が入っている。

 帽子の中から取り出した壺に魔法を当てろだなんて、シャルルルカは一体何を考えているのだろう。

 レイは皆目見当もつかなかった。


「違った。これじゃない」

「違うんかい」


 レイはがっくりと肩を落とした。

 シャルルルカは壺を掴んだまま、再度とんがり帽子の中に手を入れた。

 それから、手当たり次第に取り出して、帽子の中に戻すを繰り返した。


「お、これこれ」


 ようやく目当てのものを掴んだようで、的を一本引っ張り出した。

 レイはそれに見覚えがあった。

 編入試験のときに使われた的だ。


「こちら、ターゲットくんだ」

「……ただの的では?」

「それはどうかな。レイ、ターゲットくんに魔法を当ててみろ」

「はあ……まあ、良いですけど」


 レイは杖を取り出す。


「《フラ──」


 レイが呪文を唱え終える前に、ターゲットくんはその場から逃げ出していた。

 的は改造が施されていた。

 的の支柱の下には全方向に移動出来るよう車輪がつけられていたのだ。


「あの、ちょっ、なんか逃げてるんですけど!?」

「ターゲットくんには逃げる機能がついている」

「なんで!?」

「ほら、早く追いかけろ。魔法を当てるんだ」


 レイは何か言いたそうに指をもにょもにょと動かす。

 しかし、ターゲットくんに追いつけなくなることを危惧して、さっさと追いかけた。

 射程圏内に入ったところで、レイは杖を構え直す。


「追いつきましたよ! タゲなんちゃら!」

「ターゲットくんだ」

「ええい、何だって良いんです! 《火炎フラム》!」


 呪文を唱え、火の球を放つ。

 ターゲットくんは支柱を伸ばしてそれを避けた。


「避けた!?」

「避ける機能もついている」

『バーカ』

「あと、外すと馬鹿にする機能もついている」

「腹立つ! シャルル先生の声なのが更に腹立つ!」


 レイがターゲットくんに苛立っているのに対して、マジョアンヌは目をキラキラと輝かせていた。


「シャルルルカ先生、もしかして、これ作ったんですかぁ!?」

「まあね」

「凄いですわぁ! 魔道具を作れるなんてぇ!」

「教えてやろうか? マンツーマンで」

「え。いやぁ、それはぁ……」


 マジョアンヌは困ったように笑った。

 レイはというと、呪文を叫びながらターゲットくんを追いかけていた。

 魔法は一切当たらず、ターゲットくんの馬鹿にするだけ音声が響く。


「レイもまだまだだな」


 シャルルルカは呟いた。


「誰でも良い。ターゲットくんに一発当てられたら、今日の授業は終わりだ。ほら、お前らも行け」


 エイダンはわなわなと拳を震わせる。


「あれと遊ぶのが授業やて……!? ふざけるのも大概にせえよ!」


 エイダンは叫ぶ。


「わしらは学びに来とるんや! 先生ならちゃんと授業せえよ!」


 生徒達は「確かに」「やってらんない」と口々に文句言う。

 シャルルルカは驚いたように目を見開いて、エイダン達を凝視する。


「驚いたな。お前達、

「なん……?」

「D組はもっとやる気のない奴ばかりだと思っていたよ。そうか。お遊びは嫌か……」


 シャルルルカは少し思案したあと、こう言った。


「じゃあ、これはお遊びじゃない。魔法演習の授業だ。ターゲットくんに魔法を当てろ」

「『じゃあ』て……」

「お遊びじゃあ嫌なんだろう? どの道、ターゲットくんに当てられなければ、次の授業はしない」


 エイダンは歯を食いしばったあと、空に向かって叫んだ。


「……ぐああっ! もう何でもええ! やったるわ!」


 エイダン達数名はターゲットくんを追いかけ始める。

 他の数名のクラスメイト達は「付き合ってられない」と、校庭を去った。

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