後編

 卒業パーティーの日になった。

 アンガスは自身の側近候補達と共にベサニーをエスコートし、会場入りした。

(最近はロレッタが絡んで来なくて助かる。女の分際で魔道具開発をしていることは目障りだが。まああんな奴、このパーティーで婚約破棄を突き付けて捨ててやろう。それでベサニーを俺の婚約者にするんだ)

 アンガスはそう目論んでいた。

 しかし、いくら会場を見渡してもロレッタの姿はない。

(ロレッタの奴、どうして会場にいない? あいつがいなければ、俺の計画が進まないじゃないか。それに、俺の側近達の婚約者もどこにもいないぞ)

 アンガスは内心苛立っていた。

 早くロレッタに婚約破棄を突き付けてベサニーを新たな婚約者として迎えたいのだ。

「アンガス様? どうしたんですか?」

 ベサニーは小首を傾げ、可愛らしく微笑んでいる。

 アンガスはその笑みのお陰で苛立ちが少し収まったようだ。

「いや、何でもない。ベサニーは何も気にしなくて良いぞ。いずれベサニーは俺と結ばれるのだから」

「まあ、アンガス様、嬉しいです。私が未来の王妃だなんて」

 ベサニーは嬉しそうにはしゃぎ出す。

 淑女として失格なのだが、アンガスは無邪気で天真爛漫なベサニーに夢中だった。

「ならば俺達は未来の王妃であるベサニーを守るとしよう。ベサニーを悪く言う俺の婚約者も捨ててやるさ」

「俺も、ベサニーの為なら何だってするさ。手始めに、婚約者にこっ酷く婚約破棄を突き付けよう」

 アンガスの側近候補達もベサニーに夢中である。

「私の為に、ありがとうございます。でもアンガス様から捨てられるロレッタ様が可哀想。みんなの婚約者も今日捨てられてしまうのだし」

 ベサニーはやや意地の悪い笑みになる。

「あんな奴のことを気に掛けるなんて、ベサニーは何て優しいんだ。でも、悪いのはロレッタ達だ。邪魔な奴らを追い出して幸せになろう」

 アンガスはベサニーの手を握った。

「はい、アンガス様」

 ベサニーは満面の笑みである。

 アンガス達は、自分達が幸せになることを全く疑っていなかった。


 その時、会場が大きく騒ついた。

 アンガスは何事かと思い、騒ついている方向に目を向ける。


 ソルセルリウム帝国皇太子イーノックが会場入りしたのだ。

 何とイーノックはアンガスの婚約者であるロレッタ、そしてアンガスの側近候補達の婚約者を侍らせていた。


「この場をお借りして、発表したいことがある」

 イーノックの凛とした声が響き渡る。

 その声は、誰もが聞き入ってしまう程。

 大国の皇太子らしく帝王学を身に付けており、誰もが彼の一声に引き込まれていた。


「私、ソルセルリウム皇太子イーノック・ソルセルリウムは妻としてロレッタ・ピオーニア嬢、クレア・ローゼス嬢、ダイアナ・リリーズ嬢、フレデリカ・ディリア嬢、グロリア・ジャスミナ嬢の五人を後宮に迎えることにした。プレスティー王国の国王陛下も彼女達五人の後宮入りを大層喜んでおられる」


 何と、アンガス達の婚約者がイーノックの妻として迎えられる宣言がなされた。


 ソルセルリウム帝国はプレスティー王国と違い、一夫多妻制で後宮がある国なのだ。


 ロレッタ達に婚約者がいることは皆知っている。しかしイーノックの言葉によると、プレスティー王国の国王が彼女達のソルセルリウム帝国後宮入りを認めているようだ。

 会場の者達は少し戸惑いがあったが、国王も認めているということでロレッタ達の後宮入りを祝い拍手が湧き上がる。


「待て! どういうことだ!?」

 アンガスは何が起こっているのか理解できず、そう声を上げる。

 アンガスの側近候補達も、自身の婚約者がイーノックの妻になるという事実に困惑していた。


「アンガス殿下、見ての通りのことでございます。わたくしは、イーノック殿下の妻となり、ソルセルリウム帝国の後宮に入りますの。わたくしの友人達と一緒に」

 ロレッタは未来への希望に満ち溢れているかのような表情である。アンガスはそんな表情のロレッタを見たことがなかった。

 クレア達四人も、晴れ晴れとした表情である。

「そんなの酷くありませんか!? ロレッタ様はアンガス様の婚約者だったのでしょう!? 他の皆さんも! こんなの裏切り行為です!」

 ベサニーがロレッタ達を非難する。

「まあ、裏切り行為ですって」

わたくし達を裏切ったのはそちらでしょうに」

わたくし達のことは国王陛下が正式にお認めになっておりますわ」

「ですから、わたくし達の件は裏切りでも何でもありませんのよ。そちらと違って」

 クレア、ダイアナ、フレデリカ、グロリアが順にそう言った。

 アンガスの側近達は何も言えなくなる。


「さて、私と彼女達の結婚は政略的なものでもある。彼女達が後宮に入ることで、このプレスティー王国は光の魔石と闇の魔石を得ることが出来るのだ」

 イーノックの言葉に会場の者達が大いに湧く。


 光の魔石と闇の魔石はとても希少な魔石である。魔道具の動力源になったり、魔法薬の元になるなど、万能な素材なのだ。どこの国も喉から手が出る程欲している。

 そんな希少な魔石が、ソルセルリウム帝国で採掘されているのだ。


「皆様がご存知の通り、このプレスティー王国は五つの島から成り立っております。我がピオーニア公爵領があるのは中央のチェントロ島」

「我がローゼス侯爵領があるのは北部のノルドゥ島」

「我がリリーズ侯爵領があるのは南部のスッドゥ島」

「我がディリア伯爵領があるのは西部のエスト島」

「我がジャスミナ伯爵領があるのは東部のオウェストゥ島」

わたくし達五人が後宮入りすることで、五つの島均等に光の魔石と闇の魔石が手に入りますのよ」

 ロレッタの言葉に会場は更に喜びに溢れ出した。


「それと引き換えに、我がソルセルリウム帝国はプレスティー王国で改良されたドラゴン魔獣を手に入れることになる。研究データが揃うから非常に助かる。そしてロレッタ嬢達才ある女性が我がソルセルリウム帝国の後宮に来てくれるなんて光栄だ。後宮の女性達はソルセルリウム帝室の世継ぎを生む役割もあるが、それだけではない。君達は興味のある分野で帝国を発展させて欲しいんだ。研究費、材料費などは潤沢にある。必要なものがあれば申請してくれ。おまけに我が国の後宮に入る者は寿命以外で死なないよう魔法をかけられる。暗殺などを気にする必要はない」

「本当にありがとうございます、イーノック殿下。心置きなく魔道具開発が出来るようになるなんて、本当に嬉しいですわ。このままアンガス殿下と結婚したらそれが叶わなくなってしまいますから」

 ロレッタは心底嬉しそうな表情である。そのガーネットの目も、キラキラと輝いていた。

「これでわたくしも堂々と魔法薬研究に没頭出来そうです。イーノック殿下、ありがとうございます」

わたくしも、ソルセルリウム帝国で魔法植物や魔獣の研究に励みますわ。イーノック殿下、チャンスをくださりありがとうございます」

「イーノック殿下、わたくしもお礼申し上げます。ソルセルリウム帝国の皆様、そして世界の皆様を楽しませることが出来る小説を書きますわ」

わたくしは、人々の心を動かせる絵を描きます。イーノック殿下、わたくしに絵を描く機会をくださりありがとうございます」

 他の四人も心底嬉しそうで生き生きしていた。


 すると、会場の女性達が羨ましそうな声を上げる。

 プレスティー王国の女性達は色々と抑圧されていたのだ。

 そこへ、イーノックがこう言った。

「光の魔石と闇の魔石をプレスティー王国に輸出するにあたって実は条件がある。それは、この国の女性の自由な選択を保証すること。つまり、プレスティー王国の女性諸君はこれから自由に生きることが出来るのだ」

 その言葉に、会場の女性達は大いに盛り上がった。

 皆口々にやりたいことを話し始める。

 まるで水を得た魚のようであった。

「ただ、今の王太子ではそれが実現しそうにない、だからアンガス殿の弟君が新たに王太子になることになったようだ。彼はプレスティー王国を男女平等な権利を持つ国にしてくれるだろう。愚か者は簡単に操作しやすいがつまらない。その点、アンガス殿の弟君とは将来良い取引が出来そうだ」

 イーノックはフッと笑う。

 その言葉に、アンガスは後頭部をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

「イーノック殿、いくら何でもそれは内政干渉ではないか!」

「この国の国王陛下は内政干渉があっても光の魔石と闇の魔石を得たいということだ。それに、私としても国を乗っ取る気はないさ。賢い相手と取り引きしたいだけだ。それに、女性がどんどん活躍することはこの国にとっても良いことだろう。女性の活躍を認めない貴族にも、廃嫡や引退を求めることになるだろうね」

 アンガスは必死に訴えるが、イーノックのその言葉により何も言えなくなってしまった。


 こうして、ソルセルリウム帝国の後宮に入ったロレッタ達は世継ぎを生む役割もあるが、大半を自分の好きなことを追求して生き生きと過ごしたのである。

 一方、アンガスや彼の側近候補達は廃嫡され、王族や貴族としての権利を一切失って路頭に迷うことになった。

 ベサニーはそんな彼らから逃げたが、突然国の価値観が変わりついて行けずに苦しむことになるのであった。

 しかし、プレスティー王国で女性達が活躍し始め、国全体が発展して良くなるのであった。

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婚約者が逆ハーレム要員になったので私はハーレム要員になります 〜だってその方がやりたいことを自由に出来ますもの〜 宝月 蓮 @ren-lotus

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