婚約者が逆ハーレム要員になったので私はハーレム要員になります 〜だってその方がやりたいことを自由に出来ますもの〜

宝月 蓮

前編

 プレスティー王国の魔法学園では、現在問題が起こっている。

 プレスティー王国王太子であるアンガスを始めとし、上級貴族の令息達がチュリパ男爵令嬢ベサニーを囲んでちやほやしているのだ。

 ベサニーも王太子や上級貴族令息達にちやほやされて調子に乗っている状況である。


 アンガスの婚約者であり、ピオーニア公爵令嬢ロレッタはその状況を注意しに行く。


「アンガス殿下、他の方々もですが、国の未来を担う貴方達が公然の場で揃いに揃って一人の令嬢を贔屓するのはいかがなものかと存じます。ベサニー様も、婚約者がいる男性と関わる際はベタベタと触れてはいけませんのよ」


 銀色の艶やかな髪に、ガーネットのような紅の目のロレッタ。

 毅然としており、公爵令嬢として満点の態度である。


「ロレッタ様、そんな……。私が男爵家の娘だからって酷いです」

 的外れなことで泣き出すベサニー。


 ピンクブロンドの髪にアパタイトのような水色の目ので、庇護欲そそる見た目だ。


 ロレッタは呆れてしまう。

「ロレッタ、お前はいつもそう口煩いことばかりだな。ベサニーが可哀想だと思わないのか? 変な魔道具の開発みたいなことばかりしていないで、もっとベサニーを思いやれ」

「本当ですよ。公爵令嬢だからと言って、ベサニーに対してその態度はどうかと」

「俺の婚約者だけでなくロレッタ嬢までこうとは。それに、魔道具開発だの魔法薬研究だの、俺の婚約者含め皆珍妙なことに夢中で目障りだ」

 アンガス達は揃ってロレッタを非難した。

 的外れな非難にロレッタは余計に呆れ、その場を去った。






᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥






 ロレッタは令嬢達が集うサロンにやって来た。

「ロレッタ様、どうでした?」

 ロレッタにそう聞くのは、ローゼス侯爵令嬢クレア。

「クレア様、申し訳ないけれど効果はなかったわ」

 ロレッタは軽くため息をつき、ソファに座る。

「ロレッタ様の言葉も聞き入れてくださらないなんて……」

 クレアは肩を落とす。

わたくし達にはもうどうすることも出来ませんわね」

「ベサニー様も問題ありますが、男性陣にも問題がありますわ」

「このまま婚約者の所に嫁ぐのが億劫です」

 リリーズ侯爵令嬢ダイアナ、ディリア伯爵令嬢フレデリカ、ジャスミナ伯爵令嬢グロリアも、そう口々にため息をつく。


 クレア、ダイアナ、フレデリカ、グロリアはロレッタの友人である。五人共学年は同じだ。

 そして彼女達の婚約者もベサニーに熱を上げており、注意しても全く聞いてくれないのだ。


「こうなったら婚約破棄でも突き付けて魔法薬研究の道に進むのも良いかもしれませんわ」

「まあ、クレア様、それ素敵だわ。それならわたくしはずっとやりたかったけれど婚約者や家の為に我慢していた魔法植物や魔獣の研究を始めようかしら? こっそりこのメンバーにしか見せていないレポートの数も増えて来ましたし」

 そう話し始めるクレアとダイアナは先程よりも少しだけ表情が明るくなっていた。

「それならわたくしは家や婚約者の意向を完全に無視して小説を書いて出版したいですわ。今まで書いた物語は、このメンバーにしか見せたことがないのですもの」

わたくしは本格的に画家の道に進みたいです。フレデリカ様がお書きになった小説の挿絵を描くのも楽しいかもしれません」

 フレデリカとグロリアも楽しそうである。

「ロレッタ様はいかがです?」

 クレアにそう聞かれ、ロレッタは少し考える。

わたくしは……やはり魔道具の開発をしたいわ。それで、多くの方々の暮らしをより良くするのよ」

 想像しただけで、ワクワクした。

 ロレッタは幼い頃から魔道具を分解し、その仕組みを見ることが好きだった。叶うことならば魔道具開発の道に進みたいと思っている。ロレッタも新しい魔道具の開発案をクレア達に見せたことがある。

 しかし、プレスティー王国では女性にあまり選択肢が与えられないのが現状だ。

 その事実に、ロレッタの表情は暗くなる。

「でも、貴族の娘は所詮政略の道具。家から、夫となる方から与えられたものでやっていかなくてはならないのよね……」

 ロレッタは再びため息をつき、用意された紅茶風味のマドレーヌを食べる。

 大好物のはずだが、あまり味を感じることが出来なかった。


 他の四人も、今のプレスティー王国では自分の夢を叶えることが出来ないことに、表情を曇らせていた。






᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥







 ロレッタは学園が終わった後、大聖堂に来ていた。

 プレスティー王国の大聖堂には光の女神ポースと闇の神スコタディの像がある。


 光の女神ポースと闇の神スコタディは夫婦神で、この地に降り立ち魔力を作り出したと言われている。

 よってプレスティー王国があるこの大陸では光の女神ポースと闇の神スコタディが信仰されているのだ。


 ロレッタは、光の女神ポースと闇の神スコタディの像の前で祈りを捧げていた。

「光の女神ポース様、闇の神スコタディ様、わたくしはどうしたら良いのでしょうか? どうかわたくしをお導きください」

 ロレッタのそのガーネットの目は憂いを帯びていた。


 悩み事があるとロレッタはよく大聖堂に行き、こうして光の女神ポースと闇の神スコタディの像の前で祈りを捧げるのだ。


(光の女神ポース様、闇の神スコタディ様、わたくしは未来の王太子妃として、未来の王妃として出来ることをやっていきます。ですが、婚約者であるアンガス殿下ともう少し上手くやって行くにはどうしたら良いでしょうか……?)

 ロレッタは前で両手を組み、目を瞑る。

(……本当は、魔道具の開発をして活躍してみたいのですが……贅沢は言いません)

 ロレッタは手を下ろし、ゆっくりと目を開けた。先程よりも少し穏やかな表情である。

 気休めではあるが、祈ることで少しだけ心を落ち着けることが出来た。

「随分と熱心に祈っていたね」

 突然声が聞こえ、ロレッタは肩をピクリと震わせた。


 声の方向にいたのは、ロレッタと同い年くらいの青年。

 ブロンドの髪に、紫の右目と黄色の左目。まるでアメトリンのようなオッドアイ。

 誰もがハッと息を飲むような美しさの持ち主である。


「ソルセルリウム帝国の皇太子イーノック殿下……」

 予想外の人物に、ロレッタはガーネットの目を大きく見開いていた。


 大陸一の国家と言われているソルセルリウム帝国。豊富な資源と進んだ魔道具開発技術を誇る大国だ。

 そんなソルセルリウム帝国の皇太子であるイーノックは、知見を広げる為プレスティー王国の魔法学園にて留学している。ロレッタと同学年である。


「ロレッタ嬢、よくここに来るのかい?」

「はい。悩んでいる時や落ち込んだ時、光の女神ポース様と闇の神スコタディ様に祈りを捧げると、少しだけ気持ちが軽くなるのです」

 ロレッタは光の女神ポースと闇の神スコタディの像に目を向ける。


 神々しい二神の像は、見るだけで心が洗われるようだ。


「なるほど。つまりロレッタ嬢は、今何かに落ち込んだり悩んだりしているということか。ここで会ったのも何かの縁だ。私にそのことを聞かせてもらえないだろうか?」

「そんな、イーノック殿下の貴重なお時間を奪うわけにはいきませんわ」

「気にすることはないさ。それに、私の直感が君の話を聞くべきだと告げているんだ」

 優しく自信がある様子のイーノック。

 ロレッタはそんな彼を見て、今抱えていることを話してみようと思うのであった。

「実は……わたくしの婚約者、アンガス殿下との関係に悩んでいまして。アンガス殿下は、一人の男爵令嬢に夢中のご様子で、わたくしが注意しても聞き入れていただけないのです。もうすぐ卒業で、アンガス殿下と結婚するのですから、せめてお互いを尊重し合える仲になれたらと思うのですが」

 ロレッタは困ったように肩をすくめ、ため息をついた。

「それは大変だね。アンガス殿は一体何を考えているのか」

 イーノックはこの場にいないアンガスに対して呆れていた。

わたくしの努力不足ですわ」

 ロレッタは悲しげに目を伏せた。

「そんなことはない。学園での君の頑張りは私も見ているから。……でもロレッタ嬢、それは君の本当悩みなのか? 私には、君がもっと別のことで悩んでいるように思える」

 イーノックのアメトリンの目が、真っ直ぐロレッタを射抜く。

 ロレッタは思わずドキリとした。

(わたくしの本当の悩み……)


 ロレッタの心の中で、諦めて蓋をしたものが再び熱くなる。

 このまま本当にやりたいことが出来ないのは嫌だと、心が叫び始めている。


「ロレッタ嬢?」

わたくし、やってみたいことがありますの。新しい魔道具を開発して、人々の暮らしを良くしたいのです。でも、それが出来ないのが悔しくて……!」

 ロレッタの本音が溢れ出す。

わたくしの友人達も、本当にやりたいことが出来ずに燻っておりますわ。クレア様は魔法薬の研究、ダイアナ様は魔法植物や魔獣の研究、フレデリカ様は自分の小説を出版すること、グロリア様は画家に、それぞれやりたいことがあるのに、今のままではそれが出来ない人生になりそうですわ。わたくしも、他の皆様も自分の興味のある分野のレポートを書いてみたり、小説や絵を描いたりして仲間内で見せ合うだけですの。このまま家や婚約者の意向に従うだけの人生は嫌ですわ」

 秘めた情熱や燻っていた思いが爆発するロレッタ。

「それに、わたくし達の婚約者やベサニー様にも色々と思うところがありますわ。色々思い出したら本当に悔しくて仕方ありません」

 今まで我慢していたせいか、湧き水のようにどんどん言葉が出て来た。


「やっぱりロレッタ嬢の話を聞いて良かったよ。ロレッタ嬢の、君達のその思い、私なら全てを叶えることが出来る」

 ロレッタの話を聞いたイーノックは力強く微笑んだ。

「……本当ですの?」

 イーノックの言葉を聞いたロレッタは、半信半疑だが少し期待が生まれていた。

「ああ。ロレッタ嬢の、そして君の友人達の燻っている思いについては、私に任せて欲しい。君達の、それからこの国の女性の為になることだ」

 イーノックのアメトリンの目は、真っ直ぐロレッタに向けられていた。

 ロレッタはイーノックを信じることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る