第19話 リーベル
「ケロ」
ダメだ……これ以上この黒い感情がふくれたら……
「ケロ」
ぼくは……ぼくは……
「ケロケロ」
何か、この場にあり得ない泣き声が、聞こえた気がする。
空耳か。
いや違う。
たしかに聞こえた。
しかもずいぶん近いところから。
どこだ?
「ケロケロ」
後ろか?
背中の方から聞こえる気がする。
ぼくはありったけの力をふりしぼって、背中のリュックを下ろして抱えた。
その間もぼくの足は勝手に前に進もうとするけど、えい!
「いてえええっ!!」
ぼくは自分の太ももを、持っていた折りたたみ傘の先で思いっきり突き刺した。
貫通なんてしてないし、したら困るけど、あまりの激痛にぼくの足は止まる。
「
「いったい何をしているんだ、きみは」
その時、わずかにYSの力が弱まった気がした。ぼくはその隙をついて、リュックのふたを開けた。
「うわっ!」
同時に何かが飛び出してきて、ぼくのおでこにペッタリとはりつく。
手に取るとそれは――いっぴきのアマガエルだった。
そう言えば最近、どこかで見たような気がするけど……あっ!
思い出した瞬間、太ももの痛みが脳天につきささる。
心臓のリズムに合わせてくり返し、くり返し。
「いっつつつ」
「
ぼくを呼ぶ声がした。
八神さんでも香坂さんでも、
ましてや、YSのやつでもない。
しばらく聞いていなかった、あの優しい声。
「
「そうだ。きみの目の前のカエル。それが私だ」
うそだろ? と思いかけたけど、なぜかすんなり納得できた。
カエルの口は動いてない。
でも、声はたしかにカエルからひびいてくるように聞こえる。
「乾くん。君は賢明にも、自分の帽子を図書館に置いてきたね? おかげで場所を特定できた。そして、きみが持っている計算ドリル。それがあるおかげで、私はYSの強力な結界に侵入することができたんだ」
「おい、一体だれとしゃべってる? その生き物はなんだ」
「
「何だと? ……まさか、まさかきさまは……」
「そうだよ、YS。きみの大嫌いな月城
とつぜん、YSの真っ赤な姿が何倍にもふくらんだ。
そばにいた八神さんたちが、あおりで倒れこむ。
「きさま、何をしに来た!! まさかこの子どもたちを助けに来たと言うわけじゃないだろうな! 今の非力なきさまが! カエルのごとき
「そのまさかだよ。とは言え、きみの言う通り現在の私はただのカエル。今のきみと対等に渡り合える状態ではない」
「ならば私の
「うぬぼれるなよ、YS。この子たちはきみの
地面にはいつくばってる三人が、月城先生の呼びかけにのろのろと顔を上げた。
「今私が言った通りだ。勉強を、宿題を通してきみたちは自分をきたえ、みがき上げてきた! その努力は間違いなくきみたちの力になっている! 思い出すんだ! きみたちの中にいる、きみたちの相棒を!」
「あい、ぼう?」
香坂さんがつぶやいた。
その瞬間、彼女の胸のあたりが空色にかがやき始める。
光はみるみるうちにふくらんでいき、香坂さんを丸ごとつつんだかと思うと、ぎゅっと一点にかたまって、羽の生えた妖精の姿になった!
「あっ! もこたん!」
「……もこたん?」
もしかして、妖精の名前か?
ぼくがオウム返ししたのが聞こえたらしくて、香坂さんは恥ずかしそうにうつむいた。
その表情は、紛れもなくいつもの元気な彼女のものにもどっていた。
「ジーノ!!」
これは、光ちゃん。オレンジ色の妖精だ。
「アストラ?」
おどろいたことに、八神さんまでちゃんと名前をつけていたらしい。
ついこないだ計算ドリルを試したばかりなのに。
もしかして、宿題でもないのに問題を解き続けてるのだろうか。
うす桃色にかがやいている。
「その妖精たちは、きみたちの力の象徴であり、努力のかたまりだ。今のきみたちをとらえているのは、きみたちの負の感情を利用してYSが作った檻。内側から破るのはきみたち自身。さあ!」
月城先生の声を合図に、妖精たちは自分の相棒の周りをくるくると回り始めた。
みるみるうちに、光のまゆが出来上がった。
そしてそれがはじけると……三人はぼくの方に走り寄ってきた。
「瀧人くん!」
「瀧人!」
「瀧人くん!」
「おのれえ月城! 余計な真似を!!」
YSのやつが、歯ぎしりしながら叫んだ。
赤いもやがすごい勢いでうずまいてる。ものすごい怒りを感じる。
「まあいい、月城達也。言っておくが、乾くんの負の感情はその三人の比ではない。元々私の目的は彼だ。三人は乾くんを呼び寄せるためのエサに過ぎないのだ!」
「YSよ。きみを生みだしてしまったのは、確かに私。おかげでこの姿だ。だが、だからこそ私は責任を取らなければならない。きみの暴挙を止めるためには刺し違える覚悟なんだよ。澤村くんを救うためにも!」
「出来るものならやってみろ!
「うぐぐっ」
今までで一番強い力が、ぼくの身体をがっちりとしめつけてきた。
太ももの痛みでもていこう出来ない、強烈な力。
勝手に足が前に進み始める。
「瀧人っ! ごめんっ! なぐったりして!」
らしくない泣き顔に、何か答えてあげたいんだけど、声すら出ないんだ。
「瀧人くん! ごめんなさい! 困らせるようなこと言って」
ぼくの左腕にからみついて引っ張るのは、
困ってなんかないよ。僕の方こそ、ごめんね。
「瀧人くん、ごめんねっ! 私のせいで二人が! 瀧人くんがっ!」
右腕には、
私のせいって、八神さんと一緒に行動してることかな。でもそれはぼくが選んだことなんだ。
八神さんのせいじゃない。
「そうだ乾くん――いや、瀧人! もっと近づくんだ。そして私の力の
やなこった、YS。
お前の言う通りになんて、なるもんか。
でも……足はぼくの意志なんかお構いなしに、ただただ前に進んでいく。
光ちゃんたちをひきずりながら。
「乾くん! きみにもちゃんと力はある! YSの呪縛を断ち切れ!」
力?
そんなものないんです、先生。
問題を解くどころか、自分の名前すら書ききることが出来ない、ヘタレなんです。
光ちゃんたちみたいな妖精は、ぼくには。
「乾くん! 名前が書けたかどうかは問題じゃない! 名前を書こうと一歩踏み出したことが大事なんだ! その努力は確実にきみの中に実を結んでいる! 信じろ! 自分の力を! 宿題はクソなんかじゃないぞ!!」
突然、ぼくの目の前でまばゆい光がかがやき出した。
その中から生まれたのは、一体の妖精。
もしかして、これがぼくの?
「リーベル……」
ぼくの口から、自然と妖精の名がすべり出た。
妖精に名前をつけるって話を聞いた時、ぼくだったらと想像した名前。
込めた意味は……「本」「自由」。
皮肉が効きすぎてるよね。
よく見ると、リーベルには右足がない。
これはきっと、ぼくが名前を書ききれなかったせいだ。
ごめんよ、リーベル。
ぼくの気持ちが伝わったのか、リーベルがこっちを見て微笑んだ気がした。
そしてひときわかがやきを増すと、YSに向かってつっこんでいった。
おい、まさか!
「何だきさまは……お、おいっ! やめろっ! やめるんだ! 瀧人!」
真っ赤なうずの中心から、翠玉色がみるみるうちに広がっていく。
「やめろ! 消えてしまう! ……さま! エリッ……さまっ!」
目の前の世界が、リーベルの色で染まり、爆発した。
そのままぼくは、意識を手放した。
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