第12話 透子と二人、光士郎の落胆

 初めての香坂こうさか家での一夜は、寝心地がいつもと違ったり、エアコンが効いてたりと、少しだけ戸惑ったけど、疲れていたからたっぷり眠れた。


 次の日、みんなで大きなテーブルを囲んで朝ごはん。

 メニューはいぬい家と同じ感じで、うれしい。

 真っ白なごはんにえのきのみそ汁、焼きジャケ、納豆にほうれん草のおひたし。

 それに冷たいトマトとキュウリが山盛り。


 あと面白いのは、香坂さんのおじいちゃんとおばあちゃんだけが、トーストとコーヒーとサラダだったことかな。

 ぼくの目の前にも、ベーコンエッグを置いてくれてあった。


 食べる量は人並みのぼくだけど、何となく食べすぎてしまった。

 でも、食べている間もずっと考えていた。昨日の夢のことを。


月城つきしろ達也たつやのことが知りたいのなら、八神やがみ透子とうこと接触しろ)


 はっきりと覚えてる。

 もちろん、夢は夢。

 ただの夢。


 でも何だか、あまりにもタイミングがいいと言うか、指示が具体的と言うか、つまり「夢の話だから」でかたづけられないような気がした。

 どうして月城先生のことを知っているのか。

 それは、夢を見たぼくが知ってるから。


 でもなぜ、八神さんなんだろう。

 ぼくは八神さんが何か知ってる、なんて思ってないのに。


 自室にもどって、ぼくは考える。

 今日は特に予定はない。

 お盆は明日からだし、月城先生の「調活ちょうかつ」は、次の手を光ちゃんが考えてから、改めてFINEファイン連絡が来ることになってるから。


(相談してみよう)


 一人で考えていても、きっと何も変わらない。

 夢の話なんて笑われるかも知れないけど、笑って終わりなら別にそれでもいい。

 ぼくは、八神さんに個別メッセージを送った。


 『もし気づいたら返事ください』


 ベッドの上でゴロゴロしながら待つこと、五分くらい。

 ポンッと、スマホが音を立てた。


 『どうしたの?』

 『聞いてもらいたいことがあるんだけど』

 『いいよ』


 ぼくは夢のことを話した。


 『――と言うわけなんだ』

 『そう』


 それだけ返ってきて、そのまま。

 くだらなすぎて、怒らせちゃったかも知れない。


『ごめん、ただの夢なのに。それだけだから。じゃね』

『まって。直接話したい。今日はだいじょうぶ?』

『だいじょうぶだけど』

『じゃあ夕方の四時に、公園で』


 どういうことだ?

 八神さんに、何か心当たりがあるのか?

 他人の夢の話に?


 でも、ここのところ、ふしぎなことがいろいろ起きてるから、ばかばかしいってひとことだけでは、どうしてもかたづけられない気がする。

 八神さんは、いったい何を話すつもりなんだろう。


    ◇◇◇

 午後四時少し前、いつもの公園。


 日差しはまだ強いまま。

 空も夏っぽい深い青色で、風船みたいな入道雲が見える。

 足元からは、じんわりと熱がのぼってくる。

 ぼくは木陰のベンチに座って、八神さんを待っていた。


 水飲み場の近くで、幼稚園くらいの子たちが走り回ってる。

 元気だ。

 セミも負けてない。

 夜になる前に鳴きためとこうとか思ってるのかな。

 でも、夜に鳴くセミもいるって、ぼくは知ってる。


瀧人たきとくん」


 後ろから、八神さんの声がした。

 ふり返る前に、彼女はぼくのとなりにいつの間にかすべりこんでいた。


「呼び出してごめんね」

「いや、ぼくの方からした話なんだから」


 そのまましばらく、ぼくたちはだまって目の前の景色をながめていた。

 さっきの幼稚園児たちが、お母さんたちに呼ばれて帰っていく。

 カナカナカナ、というセミの鳴き声が混じり始めた。


「私ね、月城先生のこと、知ってるの」


 思ったよりも、ぼくはおどろかなかった。

 何となく予感していたのかも。


「私が知ってる月城先生は、白陵はくりょう学園で先生をしてた」


 小学校の先生は、何年かごとに学校が変わるのは知ってる。

 私立から公立へだって、きっとおかしい話じゃない。


「それっていつごろの話なの?」

「いつからかは分からない。でも私が小学三年の時には、いた」

「じゃあ、三年くらい前ってことか」

「そう」


 ここでぼくは理解した。

 月城先生の住所を、八神さんが何とかできるって言った理由を。


「でも、そのくらいの話ならFINEでもよくない?」

「もちろん、これだけじゃないよ。大事なのは、ここから」

「分かった」

「……私にはね、親せきのお兄ちゃんがいるの。従兄いとこが」

「うん」

「月城先生はね……そのお兄ちゃんを入院させた張本人」

「…………え?」


 ぼくは思わず、八神さんの顔を見た。


「それって、どういうこと?」

悠真ゆうまお兄ちゃんは、おかしくなってしまった。中等部に進学はできたけれど、入院したり退院したりをくりかえしてる。今だって、また入院してるの」


 入院。


(――はっ!)


 ぼくの頭の中にあの夜の景色がとつぜん、稲妻のようにひらめいた。

 夏祭りの帰り。

 青緑あおみどり色の光と、会話しているような男の人。

 一瞬だけこっちを見たあの顔は――月城先生!


(ウソだろ……)


 いつの間にか、セミの声が止んでいた。


「八神さん」


 かすれた声。

 自分のじゃないように思えた。


「もしかして、その従兄の人が入院してるのって、町の方にある総合病院?」


 今度は、八神さんがおどろく番だった。


「どうして知ってるの?」


 うまく説明できる気がしなかった。

 何からどう話せばいいのか。もごもごしてるぼくを見て、

 何を思ったのだろう。

 八神さんは言った。


「月城先生は、魔法で人をおかしくしている」


    ◇◇◇


 さかき光士郎こうしろうはその日、いっしょうけんめい考えていた。

 月城達也の正体をさぐる方法を。


 自宅を訪れたあの日、どういうわけか何もしないまま帰りたくなった。

 それを誰もおかしいと思わなかったことが、今考えるとおかしい。


「やべ、こんな時間だ」


 彼は現在、瀧人たきとの自宅であるいぬい家に「ふれあいホームステイ」している。

 ガランとした瀧人の自室で、寝転がっていた光士郎は飛び起きた。

 今日は週に二回ある、サッカースクールの日なのだ。

 クラブチームほどではないが、それなりに本格的な練習メニューで、光士郎もかなり真剣に取り組んでいた。

 場所は学校のグラウンド。

 夕方からの練習に、自転車ならまだ何とか間に合う。


「行ってきまーす!」

「いってらっしゃい」


 瀧人の祖母に温かく送られて、光士郎は自転車をしゃかりきにこぐ。

 汗も気にならない。

 どうせこれから、もっと汗をかくのだ。

 むしろ汗をたっぷりかいた後のシャワーが、何より気持ちいいのだから。


「いつものルートだと厳しいな。ショートカットすっか」


 公園を突っ切っていけば、多少は早く着ける。

 いつもは人にぶつかるのが嫌で避けていたが、今日は仕方ない。


「……ん?」


 もうすぐ公園というところで、光士郎は見慣れた人影に気づいた。

 入口から出て行った、二人の後ろ姿。


(瀧人と……八神さん!?)


 見間違えるわけがない。

 瀧人はもちろんのこと、透子だって夏祭りの時に久しぶりに会ったばかりとは言え、幼稚園からの幼なじみなのだ。

 その二人が、連れ立って夕陽に向かって歩いていく。

 光士郎の足は止まっていた。

 汗が頬をつたい、首筋を流れ、地面を濡らしていく。


「どうして……」


 心の想いが、思わず口をついて出る。

 しかし聞く者はいない。


 いつの間にか二人は、光士郎の視界から消えていた。

 それでも彼は、自転車に乗ったままその場を動こうとはしなかった。


    ◇


 その夜、遅刻した上に、練習にまったく集中できなかった光士郎は、コーチからしこたま怒られて、塩をかけた青菜のようにしょぼくれて乾家にもどった。

 心配する瀧人の父親や祖父母にはあいまいににごして、彼は早々にシャワーを浴びた。


 部屋にもどった光士郎は、お湯では洗い流せないものを何とかしようとスマホを取り出し、FINEで個別メッセージを送った。

 相手は――香坂こうさか芹里菜せりな

 夕方の公園で見たことを聞かされた芹里菜は、彼以上にショックを受ける。


 『香坂、幼稚園を卒業するちょっと前のこと、おぼえてるか?』

 『……榊くんと瀧人くんが、大ゲンカしたことだよね?』

 『その理由は?』

 『よくは知らない。でも、透子ちゃんが瀧人くんを…………好きだったってことは、知ってる』

 『今もそうだと思うか?』

 『そんなの分かんないよ。でも、今の話だと』


 その先を、芹里菜は続けられなかった。

 きっと瀧人も、透子のことを……。


 『どうしてわたしに、その話をしたの?』

 『分かんねえ。誰かにきいてもらいたかったんだと思う』

 『そう。わたしも考えてみる』

 『分かった。それじゃな』

 『うん』


 FINEを終えた芹里菜は、ホームステイ先のクラスメイトが使っているベッドに横になり、目をつぶった。そして、決心した。


 瀧人への置き手紙を、回収しなければと。

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