第2話 処刑されたブロッサム
「僕はお前に婚約破棄を宣言する! 5歳の頃より婚約者と決まっていたが、あの頃のお前は可憐で可愛らしく、よく笑う少女だった。ところが今はどうだ? いつもビオラを虐め、イザベルを困らせる問題児だ。こんな者が王太子妃に相応しいわけがない!」
こうして、王太子はブロッサムに婚約破棄を宣言したのだった。
イザベルとビオラは、リック王太子の来訪をあらかじめ知っていたが、ローズミント侯爵はそのことを知らされていなかった。
「どうして、前触れもなくお越しになったのですか? イザベル、リック王太子が来ることを知っていたのに、なぜ私に伝えなかった?」
ローズミント侯爵は執事を呼びつけ、明らかに動揺していた。姉妹同士で引き起こされた毒殺事件という重大な事態が、王太子に知られたことで、家の名誉が汚れることを恐れたのだ。
「王家の使者が先日こちらに訪れ、私から旦那様にお伝えしようと思っていたのですが……申し訳ありません、うっかり忘れてしまいました」
イザベルは眉を八の字にして、わざとらしく申し訳なさそうな表情を浮かべる。執事もまた、イザベルが自分で伝えるという言葉を信じて、敢えてローズミント侯爵に報告をしなかったことを詫びていた。
イザベルとビオラが、王太子が来るタイミングで、計画的に犯行を実行したのは明らかだった。しかし、ローズミント侯爵は全くそれに気づいていない。
「厳罰に処すよう、父上に申し上げる」
リック王太子からそう告げられたローズミント侯爵は、顔を青ざめさせながらも反論はしなかった。
すっかりイザベルの言うことを信じているため、ブロッサムを庇うそぶりもなく、ただ悲しげな顔でブロッサムを見つめた。
「カトリーナが今のお前を見たら、きっととても悲しむぞ。なんということをしでかしてしまったのだ?」
ブロッサムは、なぜ自分を信じてくれないのかと悲しみに暮れた。イザベルに籠絡されている父には、何を言っても無駄なのだと唇を噛みしめる。
リック王太子に付き従っていた王家の騎士たちがブロッサムを取り押さえた。その際、彼女は絨毯の上に膝を強く打ちつけ、痣ができた。さらに、腕をきつく締め上げられ、その痛みに顔をしかめる。
恐怖に駆られたブロッサムは、父親に助けを求めるような視線を送ったが、ローズミント侯爵は目を逸らし、ブロッサムの心は凍りついた。その後、暗く冷たい独房に投げ込まれ、汚れた床に倒れ込んだ際、肘からも血が滲んだのだった。
◆◇◆
その3日後、ブロッサムは断頭台の設置された処刑台の前に立たされていた。恐怖に足が震え、彼女は一歩一歩階段を上がっていく。その途中、足を踏み外し転倒した。鈍い音と共に頭を強打した瞬間、彼女の脳裏に突如として不思議な記憶が蘇る。
――東京。高層ビルが立ち並ぶオフィス街。その一角にそびえる大手企業の本社ビル。私は田中美咲。短大卒業後にこの会社に勤め、総務部の主任として豊富な経験と知識で、課長や部長からも一目置かれる存在だった。
朝、オフィスに足を踏み入れると、若手社員たちが次々と挨拶をしてくる。
「おはようございます、田中さん。」
私は微笑みながら、的確に指示を出し、業務が円滑に進むように采配を振る。総務部内で問題が発生すれば、真っ先に私が対応。その的確さと迅速さで、周囲の信頼を集めていた。
だが、その影響力ゆえ、後輩たちからは陰で「お局様」と呼ばれることもあった。それも、私は気にすることなく、日々の業務に没頭していた。
――お局、上等よ! これは私の名誉の称号だわ! おほほ! って、なんで私、こんなところにいるの!?
そして、美咲――いや、ブロッサムは気づいた。これは、ラノベでよく見かけたアレ、転生したってやつだ。しかし、せっかく転生したというのに、なぜこんな非業の死を迎えようとしているのか?
――待って、私、なんで日本で死んだんだっけ? あっ、そうだ、あの変な男に刺されて死んだんだ。『俺の金返せ』って叫んでたけど、絶対人違いだよね。だって、私、お金なんて借りたことないもの。
清廉潔白に生きてきた31年。推理小説が大好きで、話題になった事件の裁判傍聴を趣味にしていた独身アラサー。……恋人なし……しかし、仕事はできる女の美咲であった。
――転生前の思い出はもういいわ。それより今のこの状況……どうする? ここまできたら、もう手の打ちようはない。もう少し早く転生前の自分を思い出していたら、うまい立ち回りができたであろうに……とても残念だわ。だとしたら、言いたいことだけでも言ってやれ!
処刑台の前で倒れていたブロッサムは、むくりと起き上がり声を張り上げた。
「ちょっと、イザベル、ビオラ! あんたたちが仕組んだことは明白よ! あんたたちは私と違って、天国には絶対行けないんだからねっ!」
そして、リック王太子に向かって叫ぶ。
「あんたが王太子ってことは、いずれ国王になるってことよね? そんなに人を見る目がない時点で、愚王街道をまっしぐらなのよっ!」
「それから、そこのローズミント侯爵! 私の父親なら、後から来た女よりも、実の子の私を信じなさいよ! 色ぼけジジィがっ!」
処刑が覆らないのなら、せめて思っていることは言ってやる! 前世のお局魂を思い出したブロッサムは、きっちりと物申すと、神様に文句を言うために処刑台の階段を登り直した。
――ままよ。このまま矢でも鉄砲でもギロチンでも受けて立ってやる! こんな目に遭わせた神様に文句を言ってやるんだから!
断頭台の刃が一気に上がり、鋭く研がれた刃が落下した。瞬時に意識が途絶え、ブロッサムの魂は天に向かって旅立ったのだった。
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