死に戻りの悪女、公爵様の最愛になりました
青空一夏
第1話 婚約破棄されたブロッサム
断頭台の鈍く光る刃が、太陽の光を反射した。処刑場となる広場にはざわめきが広がり、見物人たちの視線が一人の少女に集中する。
少女の名はブロッサム・ローズミント侯爵令嬢。
プラチナブロンドにルビーのような瞳、白く透き通るような肌。華奢で儚げな印象の少女だ。
こんな美しいブロッサムだが、今や断頭台が設置された処刑場の高台の前に立たされていた。毒殺未遂の汚名を着せられ、逃れようのない死が目前に迫っているのだ。
この時代、貴族の処刑は庶民の娯楽の一種と化していた。
高貴な令嬢が断頭台の露と消える瞬間を、浮き浮きと待ち構えながら、お弁当を広げる野次馬たちまでいる。
日頃の鬱憤を晴らすように、彼らはブロッサムに罵声を浴びせた。
「後妻の子を殺そうとするなんて、恐ろしい女だ!」
「妹を虐め抜いた挙げ句、毒まで盛るなんて最低ね!」
口々に非難される中、ブロッサムは静かに天を仰いだ。
――私は何もしていない。なのに、神は私を裁くのですか?
リック王太子の隣には、淡いピンクのドレスを纏った異母妹ビオラがいた。
涙ぐむ彼女を、リック王太子は優しく抱き寄せる。
――ビオラ……なぜ、あなたが泣くの? 泣きたいのはこっちよ。
「もう大丈夫だ、ビオラ。妹を殺害しようとした悪女は、この国からいなくなる」
リック王太子のその言葉が、ブロッサムの胸をえぐった。
――違う。なぜ、決めつけるの? ビオラこそが、この毒殺未遂事件を仕組んだ黒幕なのに!
青ざめるブロッサムを見つめながら、継母イザベルがニヤリと笑う。だが、それは隣にいるローズミント侯爵からは見えていない。
「もっと私がしっかりと、ブロッサム様を躾けていれば良かったですわ。可哀想なブロッサム様。こんな犯罪までするほど心が病んでいたなんて……」
イザベルはわざとらしく涙を滲ませた。
◆◇◆
ブロッサムが罪をなすりつけられたのは、5日ほど前のこと。
「この紅茶、おかしな匂いがするわ。誰かがなにかを入れたんだわっ!」
ローズミント侯爵家のサロンで、ビオラが紅茶を飲もうとした瞬間に、そう叫んだ。
すると、後妻のイザベルがブロッサムの部屋から香水瓶を持ち出して来た。それはブロッサムが愛用しているお気に入りの香水だった。ローズミント公爵がイザベルに促され鼻を近づけると、ビオラが飲もうとした紅茶と同じ匂いがした。
「ブロッサム! この瓶の中身は何だね? なぜ、ビオラの紅茶にいれたんだ?」
「知りません、お父様。私はなにもしていません」
「なにもしていない? だったら、ブロッサム様が可愛がっている観賞魚たちに味わってもらいましょうか?」
イザベルはビオラの紅茶を、サロンに設置された観賞用魚の水槽に注ぎ込んだ。その水槽に住むのは、亡き母カトリーナが飼い始め、ブロッサム自身も愛情を込めて世話をしてきた美しい魚たちだった。魔道水槽によって水温や環境が厳密に保たれているため、何事もなければ20年以上も生き続けるはずの鮮やかなピンクやオレンジ色をしたその魚は、ブロッサムにとってまさに家族の一員と言える存在だった。
しかし、イザベルが謎の液体を注いだ瞬間、魚は水面にぷかぷかと浮かび、あっという間に死んでしまった。
「なんてこと……お母様と一緒に飼っていた、大切な
「やっぱりね。私の愛娘を毒殺しようとしたのね? これで自らの浅はかさを白状したも同然だわ。なんて恐ろしい子。毎日、ビオラを平民の腹から生まれた卑しい子だなんて蔑むだけでは足りなくて、今度は毒まで盛るなんて……」
「え? そのようなこと、一度も申し上げた覚えはありませんわ」
「まぁ、私が嘘をついているとでも? 『お母様』と呼んでくれないことは諦めていたわ。でも、嘘つき呼ばわりまでされるなんて……」
父はうろたえながらも、イザベルの言葉を鵜呑みにしてしまう。
「それほど私が再婚したのが気に入らなかったのか? しかし、毒殺したいほど妹を憎んでいたとは……怖い子だ。私は残念だよ。腹違いとはいえ、ビオラはブロッサムの妹なのだぞ」
確かにブロッサムは12歳の頃、平民出身のイザベルとその連れ子を父が連れてきたことに対し、強い嫌悪感を抱いた。それは、母カトリーナが病で亡くなった直後の出来事であり、同じ年齢の妹――わずか数日しか生まれた日が違わない――がいると知れば、母が健在だった頃から父が浮気をしていたのではないかという疑念が湧いたからだ。
しかし、父がいない時に陰険な虐めまがいのことをしていたのは、イザベルとビオラでありブロッサムではないし、殺したいほどビオラを憎んでいたわけでもなかった。
そんな騒ぎの最中、リック王太子が先触れなしに来訪した。ビオラが涙ながらに事の顛末を語ると、王太子はブロッサムを指差し、断固として宣言した。
「僕はお前に婚約破棄を宣言する! 5歳の頃より婚約者と決まっていたが、あの頃のお前は可憐で可愛らしく、よく笑う少女だった。ところが今はどうだ? いつもビオラを虐め、イザベルを困らせる問題児だ。こんな者が王太子妃に相応しいわけがない!」
こうして、王太子はブロッサムに婚約破棄を宣言したのだった。
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