【KAC20255】奴隷の俺がチート流派で姫騎士と寝る話 ~ついに決着! 天下無双 VS お布団ぬくぬくダンシング流!~【短編】
ほづみエイサク
20255話
男女が
周囲には多くの人だかりができており、賭けも盛んに行われている。
ここは闘技場。
賭けのオッズは片方に寄っており、観客からの期待の偏りがよくわかる。
それもそのはずだ。
女性はかなり仕立てのいい軽装鎧で身を包み、ポニーテールで結んだ金髪は艶やかにきらめいている。
身なりだけで身分の高さがうかがい知れる。
姫騎士とでも呼ぶべきだろうか。
それに対して、男はかなり貧相な見た目をしている。
着ている服は麻。しかも、両足には
どこからどうみても奴隷だ。
身分の差は明らか。
「ふん。奴隷がよく決勝まであがってきたものだ」
「ああ。ここまで大変だったよ。多くの強敵と戦って、成長してきた。もう大会前の俺と同じと思わないことだ。」
「それでもしょせんは奴隷だろ?」
「ああ、俺はまだ奴隷のままだ。まだ、な」
「ぬかせ……!」
すでに剣呑な雰囲気の中、審判の女性が割って入ってくる。
「2人とも、準備はよろしいですか?」
とても凛とした声に、闘技者2人の顔が引き締まる。
「この試合は御前試合です。国王もご覧になられています。両名とも、恥じぬ戦いを望みます」
姫騎士は天下無双と呼ばれる傑物。
かたや、奴隷は闘技場トーナメントで優勝した猛者だ。
「では、枕投げの布団を」
審判の合図とともに2組の布団が敷かれた。
片方はヨレヨレのボロボロ。
もう片方はかなり洗練されていて、清潔感がある布団だ。
枕。
掛け布団。
敷布団。
総じて、三種の神器。
それらを巧みに駆使し、相手を屈服させる。
それが〝枕投げ〟である。
この世界は枕投げによってすべてが決まる。
枕投げに勝てばすべてが手に入る。
戦争も枕投げ。
裁判も枕投げ。
それがこの世界のルール。自然の摂理なのである。
「はじめえええええええええええええええええぃ!!!!!!」
審判の咆哮とともに、2人は自分の武器——布団を持つ。
「はっ!」
先制したのは姫騎士。
最速の動きで枕を投げた。
「な――っ!」
あまりにも予想外の出来事に奴隷は避けることができず、胸部にダメージを負った。
枕はもっとも取り回しのよい武器である。
掛け布団と敷き布団でけん制し、枕でとどめを刺す。それが枕投げの基本とされている。
ましてや、初手で枕を投げるなど愚の骨頂と言われている。
「姫騎士、ふざけているのか?」
「ふん。これはハンデだ」
「なに!?」
「この戦い、すぐに決着がついてしまったら観客が冷めてしまうからな。まるで取り込み忘れた布団のように」
「舐めやがってっ!」
姫騎士は猛攻をしかける。
すべての攻撃が必殺。
そのうえで攻撃の組み立ても巧みだ。
とことん基礎に忠実で、質実剛健。
それゆえに隙が一切存在しない。
防御を一手間違えるだけで、敗北に直結する。たった数回の攻防で奴隷の前進には冷や汗が滲み、精神が削られていく。
「どうした! その程度なのか!?」
「――っ!」
姫騎士の掛け布団が、奴隷の額にクリーンヒットした。
首から上が吹き飛んだと錯覚するほどの衝撃。
しかし、姫騎士は追撃をしかけない。
油断でも驕りでもない。
奴隷から得体のしれない
「悲しいな」
「……なに?」
「お前の布団、泣いているぜ」
「泣いている、だと?」
わずかに顔をしかめる姫騎士。
「お前は布団を力の限り振り回している。それでは」
「何を言うと思えば……。布団は武器だ。全幅の信頼を寄せて振り回す。それこそが布団職人に対する礼儀だと知れっ!」
「お前はいいよな。そんなことができて」
「ふん。布団の品質で負けたと言い訳をするなよ?」
「ああ、もちろんさ。ただ、お前に見てほしいんだ。布団と俺のダンスを」
奴隷はおもむろに足枷を外していく。
足枷は片方だけでも10キロはくだらない。
姫騎士は「外せたのか、それ」と呆れたように呟き――次の瞬間には目を見開いていた。
「まさかそれは――っ!」
奴隷は布団と掛け布団をまるで羽衣のように使い、舞っている。
布団と社交ダンスを踊っているよう。
あまりにも美しい舞に、観客は見惚れていた。
「その動き。お布団ぬくぬくダンシング流かっ! 貴様、どこでそれを習った!」
「そんなに驚くなよ。もっと
「ふざけるなっ! 答えろ!」
「3日前。お前の母親が俺のところに来たんだ。そして、教えてくれたのさ」
「なっ! 母君が!?」
姫騎士の母親。
つまり、現女王陛下である。
「これだけじゃないぞ」
奴隷は布団の裏に隠していた、もう一枚の切り札を取り出した。
「それはっ!」
「そう。毛布さ」
毛布を口にくわえる奴隷。
右手に掛け布団。
左手に敷布団。
そして、口には毛布。
禁じ手の3刀流。
「お布団ぬくぬくダンシング流奥義――ぽかぽか三重奏」
「奥義まで習得しているとは……」
通常ならば、お布団ぬくぬくダンシング流を会得するには、10年近くの修行が必要だと言われている。
それほどに難易度が高く、姫騎士でさえ挫折した流派だ。
それを、たった3日で奥義まで体得している。
その異常さに気付いているからこそ、彼女の顔には油断の欠片も残っていない。
それどころか、殺気立ってすらいる。
「いいだろう。来い」
「待っているだけでいいのか?」
「ふん。それを正面から打ち破ってこそ、天下無双だ」
よほどうれしいのだろう。
奴隷はニヤリと笑いながら、ぽかぽか三重奏を披露する。
まるで社交ダンスのような動きで、姫騎士を責め立てていく。
しかし、その見た目とは裏腹に攻防は激しい。
お布団ぬくぬくダンシング流は、遠心力を利用する流派。
ぽかぽか三重奏は、しなやかな動きにより力の流れをコントロールし、驚異的な連撃を可能にする奥義だ。
決定打には至っていないものの、着実にダメージを与えている。
(このまま押し切れる!)
一気に勝負を決めようとした瞬間、奴隷は違和感に気付く。
先ほどから、攻撃の感触がないのだ。
(なっ! 布団を折りたたんですべての衝撃を吸収している!?)
たった数発のやり取りで相手の技の特性を看破し、対抗策を即興で組み上げる。
この対応力こそ、彼女が天下無双とうたわれる所以だ。
「ふっ。軽いな。羽毛のように軽い!」
「俺の布団は綿だぞ」
「ただの言葉のあやだ。奴隷っ!」
「――っ!」
一瞬の隙を突かれ、奴隷の毛布が吹き飛ばされた。
毛布は口でくわえているがゆえに、保持する力が非常に弱い。
三重奏が欠けたことで、一気に形成が傾く。
(やばい……。 このままじゃあ)
奴隷の懸念は瞬時に現実となった。
あまりもの衝撃に、奴隷は白目をむき一瞬意識が飛んだ。
倒れる寸前、姫騎士は奴隷の下に敷布団を投げ込む。
そして、掛け布団がその上にかけられた。
1……2……3……
審判の声が響く。
カウントが始まったのだ。
10カウントで決着してしまう。
「くそっ! 俺の体うごけええええ!」
必死に布団から出ようとする奴隷を前に、姫騎士は仁王立ちしている。
「私の布団はどうだ?」
「この暖かさ……この香り……まさかっ!」
ニヤリをほくそ笑む姫騎士。
「そう。試合前に私が布団に入り、温めておいたのだ」
「なん……だと……!?」
姫騎士の甘い体臭。さらに、人肌に温められた布団。
睡魔が一気に押し寄せてくる。
しかし――
(こんなところでえええええええええ!!!)
奴隷は血管が千切れるほどの力を込めて、布団から抜け出した。
「なっ!?」
掛け布団と敷布団に挟んで、10カウントを取れば勝ち。
それが枕投げのルール。
だがしかし、そのタイミングが非常に難しい。
相手が弱る前にカウントを取ろうとすれば、重要な武器を奪われることに繋がり、一気に劣勢に立たされてしまうのだ!
敷布団の先が腹部に直撃し、姫騎士はよろめく。
「これで終わりだあああああああああああ!!!」
お布団ぬくぬくダンシング流でトドメを刺そうとする奴隷。
そして、次の瞬間――
「ふっ。だから貴様は甘いのだ」
奴隷は宙を舞っていた。
(何が起きた!?)
攻撃を受けたわけでもない。
奴隷はなにもされていない。
この事態を瞬時に理解——いや、予知していたのは姫騎士だけだ。
お布団ぬくぬくダンシング流は、布団とのシンクロニティがもっとも重要である。
長年をともにお布団が相手でなければ、バランスを保つことすらままならない。
常に同じ布団を使っていたからこそ、奴隷は短期間でお布団ぬくぬくダンシング流を習得できていた。
いうなれば、寝食をともにした布団がいるからこその力。
しかし、奴隷が今持っているのは姫騎士の布団だ。
「私の布団はじゃじゃ馬ゆえに!!!!」
馬ではない。中身は羊毛である。
姫騎士の枕が、奴隷の額にヒットする。
あまりもの衝撃に奴隷の体は空中で回転する。
そして姫騎士の布団とともに回転し、キレイに敷き布団と掛け布団の間に挟まってしまった。
(体が……動かない……)
1 2 3 4……
限界まで力を振り絞り、戦ってきた。
もう布団の魔力に抗える力は残っていない。
それは誰が見ても明らかなはずなのに――
「くそっ! まだだああああああああああっ!!!!!」
カウントが止まった。
またもや、奴隷は布団から抜け出せたのだ。
「なぜだ」
ボロボロになりながらも立つ少年を前に、姫騎士の手が震えている。
「なにがお前をそこまで駆り立てる!」
「まだ足りない。まだまだ足りない」
奴隷はヨロヨロと立ち上がりながら、うわごとのようにつぶやいた。
もはや虫の息だ。
「お前はそこまでして、何を望んでいるというのだ」
「それを、お前が言うか」
「……なに?」
「お前が言ったんじゃないか。『私に勝てば、なんでも願いを叶えてやる。私自身のも』と」
「はあ!?」
あまりにも予想外だったのだろう。姫騎士は王族らしからぬ下品な声を上げた。
「一目惚れだよ。小さい頃——父さんが生きていた頃に見かけてから、ずっと忘れられない」
奴隷は少し頰を赤らめながらも、堂々と話し続ける。
「奴隷の俺がお前の視界に入るのには、枕投げしかなかった。だから、俺はここまで頑張ってきたんだ」
「バカなのか!?」
姫騎士の声からは、年相応の――16歳の少女らしい一面がにじみ出てしまっている。
「それに、お前の布団から漂っていたのは、いい香りだけじゃなかった。濃い汗の匂い。お前、どれだけ焦っているんだ? それとも緊張しているのか?」
「それで動揺を誘っているつもりか?」
「いいや、違うさ」
奴隷は自分の枕を持ち上げ、にこやかな笑顔を作った。
「もっと楽しもうぜ。枕投げは最高に楽しいはずだろ」
「……私には楽しむ自由は存在しない」
「じゃあ、なんのために枕投げをしてるんだ?」
「私は勝たねばならぬのだ。お前もそうだろう? 奴隷から抜け出すためには、枕投げで勝ち続けなければならない」
「ああ、そうだ。俺は勝たないといけない。みんなの想いを背負って、絶対に勝つ覚悟でここに立っている。だけどな、人生や想いがかかっているからって、楽しんじゃいけない理由にはならないんだぜ!」
無邪気な笑顔。
対照的に、姫騎士の瞳には涙が滲んでいた。
「ふざけるな。何が『楽しい』だ。お前のようなやつがいるから、この世界から争いがなくならないのだ!」
「戦いなど、枕投げなど、虚しいだけだっっっ! 敵を屈服して、なにになる。だが、私には多くの人の期待がかけられている。私はそれに応え続けなくてはならない。私はこの国の王族なのだから!」
「そうか。それがお前の本心なのか」
一瞬の静寂。
お互いの顔が、戦うもののそれに戻った。
「これ以上語るのは、南に枕を向けるようなものだな」
「ああ」
2人は構える。
自分の今持てる力を込め、布団を握る。
ふいに、奴隷はきづく。
姫騎士は手足がわずかに震えていることに。
彼の度重なる攻撃。それらは確実に姫騎士にダメージを与えていたのだ。
しかし、姫騎士はダメージを悟らせないようにふるまっている。
(お前は、どこまでかっこいいんだよ)
審判の喉が鳴り、それが合図となった。
「お布団ぬくぬくダンシング流 月明かりのレゲエ!」
「天下無双 我流
2つの掛け布団がぶつかる。
「黄昏のフラメンコ!!」
「
一撃だけでも限界を超えているはず。
それでも、止まる気配はない。
「昼下がりのベリー!!!」
「
「
「
技の応酬の末、お互いの布団がはじけ飛んだ。
もはや、お互いに布団を持つ力も残されていないことを意味している。
残された枕を構える闘士たち。
そこにいる誰もが理解していた。
次の一撃で、すべてが決まる。
「お布団ぬくぬくダンシング流 夜明けのサルサ!」
「天下無双 我流 一番槍!」
激突し、枕から火花が散る。
衝撃波が彼らの布団を――そして、観覧していた国王のカツラを天高く打ち上げていく。
「布団がふっとんだあああああああああああ!!!!」
国王のカツラから意識を反らすため、必死に叫ぶ審判。
そんな一幕なんて露知らず、2人の激突はほとんど拮抗している。
いや、すこし違う。
(もう少しで押しきれる、はずなのに……!)
奴隷の枕が壊れかけている。
父親から譲り受けた枕。
今まで多くのライバルと戦い、勝負を
それはもはや、ただの枕ではない。
奴隷の投げ枕バトラーとしての象徴。
それが今、壊れかけている。
しかし、同時に。
ほんの少し力を強めれば――
――枕は夢を見るためにあるんじゃない。
ふと、声が聞こえた。
奴隷の父親の声。
奴隷には次の言葉がわかる。
何度も聞かされた口癖だから。
――枕は、夢を掴みとるためにあるんだ。
夢枕に立たれて、少年の覚悟は決まった。
「とうさああああああああああああああああああああん!!!」
枕が弾け飛び、勢いのまま奴隷は姫騎士を押し倒す。
すると、偶然か必然か、そこには彼の敷布団が転がっていた。
「まだ敷布団だけだ!」
「もうねんねの時間だっ!」
奴隷が空を指さす。
満点の青空。
そこに、真四角の雲が浮かんでいる。
いや――
「まさか。衝撃波で打ち上げられていた布団か!?」
天から舞い降りた布団が2人を包み込み、カウントダウンがはじまる。
1……2……3……4……
「くそっ。私の上からどけ。不敬だぞ」
「もう、俺も動けないんだよ」
5……6……7……
「もういいだろ。2人で入る布団はこんなに温かいんだ」
「……あたたかい」
「知らなかっただろ? 布団で寝ると気持ちいんだぜ」
「ぬかせ。知っていた。私はずっとずっと昔から、知っていた」
「そうか」
8……9……
「まあ、たまには奴隷と枕を並べるのも悪くないな」
「そうだな。これからは枕を高くして眠れる」
10……。
激闘の決着。
本来なら観客がわきたつ瞬間かもしれない。
しかし、拍手のひとつも響いていない。
耳が痛くなるような静寂。
しかし、決して冷ややかなものではなかった。
先ほどまで戦い合っていた2人が見せた、安らかな寝顔。
奴隷と王族。
少年と少女。
あまりにも気持ちよさそうに寝ているものだから、全員が魅せられているのだ。
寝息だけが、数百の鼓膜を揺らしている。
この静けさこそが、2人の激闘をたたえる賛美歌だ。
この1戦を契機に、世界は変わった。
枕投げは戦争の道具ではなくなり、遊びへと。
布団は『武器』から『寝るための道具へ』へと変化した。
布団は安眠のためにある。
このたった1つの違いだけで多くの睡眠不足が解消され、世界は少しだけ平和になったのだった。
――――――――――――――――――――
な
ん
だ
こ
れ
これも変な三題噺を出したカクヨムさんが悪い( ̄д ̄)
うん、間違いない。
【KAC20255】奴隷の俺がチート流派で姫騎士と寝る話 ~ついに決着! 天下無双 VS お布団ぬくぬくダンシング流!~【短編】 ほづみエイサク @urusod
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