でゅえっとー
香久山 ゆみ
でゅえっとー
呪いを解くために、俺は「イチヨーさんの娘」に会うことにした。
連絡してみると、今は遊園地でアルバイトをしているらしい。閉園する遊園地のセレモニーで、アマチュアながらステージに出演するという。
一方、呪いを掛けられた当人は失踪したまま未だ見つからない。最近世間では物騒な事件が増えてきたが、近隣では未だ大きな事件は発生していない。僅かに残った自我が、自らの凶行を抑えるべく、どこかに身を潜めているのかもしれない。
彼の妻にそれとなく訊いてみると、「なら、遊園地の時計台にいるかもしれない」という。結婚前や子どもが生まれてから、何度か山の上の遊園地に行った。遊園地の時計台には幽霊が出るとの噂があり、なおかつ中へ入る扉もない。「悪さをしたらあの中に閉じ込めちゃうぞ」とよく冗談を言っていました、と懐かしそうに教えてくれた。彼も遊園地にいるならば、好都合だ。
遊園地に行ってみると、時計台には確かに彼が入った形跡があった。今の彼ならば、扉が見つからずとも入れるわけだ。なにせ幽霊なのだから。
幽霊として妻子を見守ってきた彼だが、呪いの曲を聴いたことにより、悪霊化してしまったのだ。妻子に危害を加えぬよう、自らここに逃げ込んだのだろう。
彼の呪いを解くべく、曲をリリースしたアイドル
ということで、遊園地まで来たわけだ。
イベント準備中のステージへ行くと、彼女を見つけた。声を掛けると、にこやかに振り返る。
「探偵さん、お久し振りです!」
金髪が靡く。
「
彼女とは、介護施設での幽霊騒動で知り合った。
「介護職員の仕事は辞めたんですか?」
「いえいえ、まだ続けていますよ。今日はアルバイトです」
相変わらずタフな人だ。これまで様々な職を経験してきたという。生来器用なのだろう。
「設営のバイトですか?」
ステージに出演と聞いた気がするが、楽器など持っていないようだ。
「いーえ、歌うんです。あたし、メインボーカルなんで」
えへんと胸を張る。
「なるほど、お母さん譲りの美声なんでしょうね」
「ああ、探偵さんは母のことを知っているんでしたね」
今を時めく天下無双のアイドル・
あの人が打ち明け話するなんて珍しいなー。探偵さん、気に入られましたね。冨久司が相好を崩す。親戚の養子となったそうだが、それなりに母娘の交流はあるらしい。
「そんなに会う数は多くないんですけどね。会おうって誘っても、仕事を理由に断られたりするから。頻繁に会うと、なんかあたしに迷惑が掛かるんじゃないかとか考えてるみたい。いや、それはこっちの台詞だよって。あの人、不器用なんですよねー」
そう言ってけたけた笑う。
ステージの準備は大方完了して、あとは開始時刻を待つばかりだ。
時計台の方を見上げる。西日が眩しい。こっちからは逆光でよく見えないが、向こうからはステージがよく見えるだろう。冨久司の声ならば、マイクなしでも届きそうだ。
「
時計台を見上げていると、足元からかわいい声がする。
「こら、瑠那。わがまま言っちゃだめ。時計台に閉じ込められちゃうわよ」
呪われし夫の、妻と娘だ。
俺が遊園地へ向かうと聞き、一緒に行くといってついてきた。(けっしてオーケーとは答えていない。)
わがままはダメだと言っておきながら、「でもうちの子がステージで踊るとか、夢ですよねえ」とうっとりしている。娘はいつも布団をステージに見立てて踊っているんです、とかなんとか遠回しにアピールしてくる。その様子に、冨久司がくすりと笑う。
「いいよ。そしたら、一曲だけおねえちゃんと一緒に踊ってくれる? 一曲目は絶対みんな知ってる曲だから」
「わあい!」
娘だけでなく、母親も踊り出しそうな勢いで歓声を上げた。
一番星が瞬く頃、ようやくイベントが始まる。
会場の入りはイマイチだ。皆、閉園前に一つでも多くの乗り物を楽しんでおこうと、客は園内に散っている。
社長の挨拶が終わり、冨久司とバンドがステージに立つ。手招きされて、瑠那もステージに上がる。
イントロが流れる。究極のアイドルと称される
ステージに立つ冨久司の歌声に、俺さえ仕事を忘れて聴き入る。
彼女の歌唱力からは血筋を感じずにはいられない。けど、それ以上に……。
俺はそっと反省する。夏目一葉が全盛期に芸能界から
「天下無双」といわれる夏目一葉だが、ここに並び立つ逸材がいた。
確かに、アイドルとしては、冨久司は夏目一葉には及ばないだろう。しかし、その歌声は勝るとも劣らないものだ。
夏目一葉の呪われた歌声は、時に聴く者の狂気を目覚めさせる。そうして、これまで数々の凄惨な事件を誘引してきた。
一方、娘の冨久司の歌声は、聴く者に希望を与える。彼女の歌には言い表せない力が宿っている。夜気に溶けた歌声がキラキラと光を放つようだ。
冨久司の隣では、幼女が妙にハイテンションで踊っている。観客達も、素人のステージにも関わらず、体を揺らし、歌い出す人までいる。
いつの間にか、瑠那の父親が観客席で妻と並んでステージを見上げている。俺は視えるだけで彼の言葉を聞くことはできないが、穏やかな顔から察するに、悪いものはすっかり祓われたのだろう。
「瑠那のダンスのお蔭だ」といわんばかりに目を細めて愛娘のへんてこりんな踊りを見つめている。が、実際は冨久司の歌の力だろう。
夏目一葉を救う方法についても、光が見えた。
夏目一葉と冨久司、母娘で歌えば、イチヨーさんの呪いも中和されるだろう。別に冨久司が芸能界入りせずとも、レコーディングやコンサートにコーラスとして参加すればいい。歌番組など冨久司が参加できない場合は、申し訳ないが口パクで乗り切ればいい。
会場を抜けて、少し離れたトイレから電話を掛けてそう提案する。
半信半疑の相手のために、スマホを会場に向けて冨久司の歌声を届けてやる。
「どうですか。彼女の歌声は、きっとあなたも救ってくれますよ」
ふっと、通話口の向こうで伝説のアイドルが笑う気配がした。
そうして、電話の向こうから静かに歌声が聴こえてくる。
右耳からは冨久司の歌が、左耳からはイチヨーさんの歌が流れてきて、頭の中でとろりと溶け合う。それはとても心地よいハーモニーで、呪いなどまったく陰を潜めている。
母娘デュエットの鑑賞者第一号の栄誉に、うっとり耳を傾ける。なんと贅沢なことか。夜空には無数の星々が輝いている。
その夜のイチヨーさんの歌声は、テレビで聴く年齢不詳の若々しいものではなく、母親としてのそれだった。
でゅえっとー 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます