伊東祥子 第9話



 卒業式当日。


 凛にはポケベルで何通かのやり取りを交わして、休ませる事が出来た。


 ヤッちゃんには直接家に行ってお願いをしてある。ヤッちゃんは協力を申し出てくれたけど、これは自分の問題だし、あくまで可能性だからと遠慮しておいた。


 後は持ち物検査とかで、ポケットのコレらを没収されなきゃ良いのだが。


 新城からは、まだ呼び出しをされてない。新城は先輩達に楯突いてまで、俺を庇うつもりなのだろうか? 俺は新城にそんな無茶はして欲しいとは思っていない。何故なら彼等と新城は同じ高校に行ったりするし、関係は続いていく事を知っているからだ。


(取り敢えず式が終わるまで待つ、それでも誰も来なければ自分から行くだけだ)


 俺はそう決めると、心配そうに視線を送ってくるレナに笑顔で返す。


 そんな笑顔にレナは一瞬赤くなりながらも、俯き心配そうに口元に手を当てている。


 祥子や陽子もそんな元気のないレナを心配そうに見つめている。


(バレるからやめて欲しいんだが……)


キーンコーンカーンコーン


 そんなこんなでチャイムが鳴り、俺達は廊下に整列し、体育館へと向かった。



#



 体育館の入り口で在校生入場を並んで待つ。そんな俺に、後ろの男子、村井君が折り畳まれた紙を渡してくる。表には三嶋まで回せと書いてあった。


(きたか……)


 俺はそれをソッと片手で隠すよう覆って、開く。


『終わったら体育館裏に来いって先輩から伝言』


(手の込んだ事を……後ろの誰かは分かんないが、直接言う勇気が無いやつだろうな)


 俺はその紙を片手で握りしめる。


「在校生!! 入場っ!!」


(さぁ、卒業祝いのプレゼントをしてやらないとな!)


 俺は胸を張って、体育館へと足を進めた。



#



「はぁ、なげぇ……」


 前に座る男子がぼやいている。俺もそろそろこの座りっぱなしの状況に嫌気がさしてくる。


「幸人……」


 小さな声が隣から聞こえてくる。


「レナ?」


 座る席は男子混合で三嶋幸人の隣は三井レナだ。


「さっきの……ポケットいれたのって」

「ああ」


 俺達は小声で簡潔にやり取りをする。俺はさっきの紙を入れたポケットに手を添える。


「幸人……」


 レナがそんな俺の手にそっと自分の手を添える。


「大丈夫、それより後ろに見られる」

「少しだけ、少しだけでいいから……」


 添えられた手が小さく震えている。俺はその手を軽く掴む。


「信じろ、大丈夫だ」

「あ……」


 小さく震えたレナの冷えた手に、熱が戻ってくる。俺はレナの手をそっと彼女の膝に戻す。


 新城もレナもまだ中学生だ、もっと自分の事を考えて欲しい。今回の件で、俺にあまりに傾くと、二人の人生も大きく変わってしまうかもしれない。俺はそんな事にはやはりなって欲しくはない。


 俺は隣で頬を真っ赤に染めるレナに気付く事なく、真っ直ぐと賞状を受けとる先輩達に視線を向けた。



#


「やだよぉーー!! ゆーーきーーとぉーー」

「ほらほら行くわよ!! 先生からの呼び出しじゃ仕方ないじゃない!」

「……そうだぞ、祥子……」


 廊下にそんな三人の声が遠くから聞こえてくる。


 俺は嫌がる祥子を無理矢理レナと陽子に託し、一人静まり返った校舎で時間を潰す。


 先程まで賑わっていた校舎内の喧騒や、校庭の保護者達の喜びの声ももう聞こえて来ない。


 俺は三人が校門を出た事を二階の窓から見下ろして確認すると、玄関に向かった。


 靴を履き替える。今日はスニーカーやローファーでは無い、プレーンの革靴だ。


「さて行こう」


 俺は靴紐を結ぶと、体育館裏への道を歩き出す。数人の生徒が、俺とすれ違う様に校門へ向かっていた。俺はその校門の前を通り過ぎ、校舎の角を曲がった先にある体育館裏へと視線をむける。


 今更説明するのもなんだが、体育館裏は、実はすぐ横に小さな児童公園があり、その公園の横には裏門があるのだ。その裏門はそのまま鬱蒼とした隣接する道路へと抜ける事が出来る。なので、遅刻しそうな奴や、禁止されている自転車で隠れて通学してる奴なんかがその門を登って入ってきたりする。要は不良の御用達のゾーンなのだ、喧嘩とかはそこや児童公園なんかで繰り広げられる。


 因みに俺が取り囲まれて、ノーカンのお付き合いをさせられたのもその公園だ。


「おせぇぞ、三嶋」

「てめぇ、佐々木小次郎きどりか?」

「先輩達、面白いっすね? あんな連絡で本当に俺が来るって思ってたんすか?

「あんな連絡だと? 俺らはすぐ来いって山中に言ったぞ!!」

「……山中か……なるほどな。俺は差出人不明のメモで、ここに来いとしか言われてねぇっす」

「ちっ……あの野郎」


(四人か……)


 予想より一人少ない。減ったんだと無償で喜んじゃいけない。後から合流する可能性もある。俺は意識を、背後、横の公園、裏門からにも向けないといけない。


(取り敢えず、まとまらせない様にして、確殺していく)


 前とは違う。今回の悪意は放置してると確実に凛だけじゃなく他に被害を及ぼす。


(二度と俺の周りに手を出そうって気力を削ぐ!)


 俺はジワリと間合いを詰める。ボクシングとかをしてるなんとかって先輩達もいる。もうこの人達の名前は忘れた。モブだ、モブチンピラだ。ヒャッハーなモヒカン達だ。


「おい! 塩谷はどこ行ったんだ」

「休みっすよ? あ、もしかして探しに行ってる方とかいます?」

「ちっ……マジで舐めてんな? 前より更によぉ」

「そうっすね? もう隠す気はないっす」

「おいっ! いくぞっ!!」


 まずは飛び出してきたのは、やっぱりボクシング齧ってる人だ。


(左、左、左フック、左挟んでーー右っ、ココ!!)


 俺は上半身をストンッと落として右ストレートをかわすと、一人目のヒャッハーの踏ん張った左脚を外側から強く蹴り込む。前よりもずっと強くだ。すると面白いようにクルッと回転して頭と肩から地面に思いっきり突っ込む!


「グガッッ!!」

「まず一人!! オラっ!!」


 俺はそのまま頭を押さえて横たわるヒャッハーの腹に思いっきりつま先から蹴り上げる。


「ぶはぁっ!!!!」


 三回転はしただろうか? 一人目は血反吐を吐きながら息絶えた。って、死んではいない。だがしっかり内臓まで届いただろう。


「お、お前……」

「お、おい、大丈夫かっ!」


 二人目のヒャッハーが尻込む。失神する一人に駆け寄る三人目。


 ここまで何故俺が自身満々でふざける余裕を持って彼等と戦えてるのか? それは以前と違い、部活に打ち込み、筋トレなどで体を鍛えた事は勿論だが、それ以上にこの若い身体に馴染んだからだ。


「次、こないんすか? ならーー」

「うっ!!」


 確殺だ、一人づつ沈めるんだ。


 俺は尻込んだ一番近くの先輩の懐に勢い良く飛び込むと、その勢いのまま肘を腹に打ち込む! 


「グェッ!!」


 体をくの字に曲げ、俺の背後に盛大に唾液を撒き散らす先輩、俺はその先輩の投げ出された腕を掴むとそのまま一本背負いで地面に叩きつける!!


「ガハァッ!!


 俺はこの流れが結構気に入っている。自分の吐いた唾液を追いかける様に突っ込む先輩はきっと唾液まみれだろう。


「や、やめっ! グハァ!!」


 止めは同じだ。つま先から腹部へトゥキック。コレは絶対真似しないでください。


 俺はそこで止まらず、さっき一人目の様子を見に行った先輩へダッシュする。膝立ちから急いで立ちあがろうとする先輩に回し蹴りを叩き込むーー


「ひぃっ!!」


ガンッ!!!!


「あ!」


 先輩は立ち上がりきれず尻餅をついた。俺の回し蹴りは宙を舞い、体育館の裏の扉に大きな凹みをつくる。


「お、おまっ!! なんだ!? それ??」

「あ、はい。安全靴です。安全ですよ?」


 そう、一つ目の武器はこの靴だった。建設現場などに従事する人が履く、先端の内側に鉄が埋め込まれた靴。警備員の時にお世話になったものだ。


「だ、からーー」

「おまっ、やめっ!! ぐはぁっ!!」

「トドメはさっきからこれなんです」


 本当に真似しないように。


 俺は尻餅をついた先輩の腹に、二人と同じ様に蹴りを打ち込む。これで三人目だ。


「く、くそ……マジかよ……」


 四人目とがどんどん背後へと後退していく、そっちは裏門だ。


ガシャガシャン

ガシャガシャ、ガシャンーー


「ん?」


 最後の一人の背後の裏門から激しい音が何度も聞こえてきた。


「お、何々? お前らやられてんの?」

「うわぁ! ひでぇなぁニイちゃん? みんな血反吐吐いてんじゃんかぁ」

「お、お前らおせぇんだよ!!」

「んだよ! さっきまで女探せって走らせてた癖によぉ!」


(五人追加、振り出しプラスニ。だけどコイツら四人は見た事ないな……この学校の生徒じゃない……)


「シンジは?」

「後から来るってよーー、ひゃぁー他校ってなんかドキドキすんなぁ!?」


(やはりそうか……戦力が未知数だ。体格もかなり良いのが二人いる)


「めんどくせぇな〜、そこそこやるんならさぁ、囲っちまえば良いんだよ」

「だな? そっちの方が早ぇしな? ほら行けや」

「…………」


 俺はのそのそと、俺の背後に回り込もうとする体格大きな男に他の連中との対角線を意識しつつ間合いを詰める。


「おいおい、お前らは逆からいけよ? 出ないと意味ねぇだろ?」


(喧嘩慣れしてる……ならっ!)


 俺は一気に、体格の大きな男との距離を詰める!


「ふんっ!!」


ヒュッ!!


 大振りの右フックが宙を舞う。俺は体制を下げそれを躱すと、その勢いを利用しようと腕とって背負い投げるーー


(くっ!! おっもっ!!)


ドォンッッ!!


「がぁっ」


 なんとかなげきるも、その地響きと投げ切った衝撃で体制がよろける。トドメを急ぎたいーー


「やらせねぇよ!! はっ!!」

「くっ!!」


 一気に全員が俺に向かって走り出してくる!


「ハッ! リャッ! ハァッ!! ってよく躱すなぁ!!」

「ちぃっ!!」


 リーダー格っぽい男の喧嘩殺法の様な色んなものを組み込んだ拳や蹴りは、癖があって捌ききれないーー


「もらったっ!!」

「あ、バカーー」


 俺がバックステップを踏み、その男から離れた瞬間を狙って、ウチの学校の先輩が背中でも殴るつもりなのか振りかぶってくる。俺がそれを誘そおうと下がったのも知らずにーー


「えっ!!」


 俺はビックステップで下がった瞬間、クルリと回転し、突っ込んできた先輩と場所を入れ変わる。そして先輩の隙だらけの背中を押し込む様に蹴り込む。


「うぎゃっ!!」

「ちぃ!! このバカっ!!」


 二人が抱き合う様に重なり合うも、リーダー格の男はそれを直ぐに払い除ける。


「うぎゃっ!!」

「!!」


 その時にはもう俺は二人では無く、さっき最後まで残った先輩の腹にボディーを打ち込み、お辞儀をするその人の首に肘を打ち込んだ後だった。


 体格の良い人はまだ起きてくるだろう、だが、これでようやく一人減らせた……


「お前、マジでやるなぁ? なんで自分とこの先輩と揉めてんだか知らねーけど、俺らんトコこねぇ? それなりのポジションやってもいいぜ?」

「いや大丈夫っす、行きます!」


 この会話はフェイクだ、まだ立ち直りきれてない大柄の人が立ち上がるまで時間を稼ごうとしてる。


「ハンっ! そっ、かよっ、っと!」

「シュッ!」


 俺はその男に踏み込み、至近距離で打撃を躱す。そして、そのまま反転して裏拳を打ち込む。


「へっっ!!」


 それを男はスウェーバックで躱すと、体制を直して再び俺にーー


「なっ!!」


ドォーーーン!!!


「うごぉっ!!」


 俺は、裏拳を放った勢いのまま加速し更に回転すると、男の横で膝立ちから立ちあがろうとしていた体格の良い男の腹部に全力の回し蹴りを打ち込む!!


「て、てめぇ!!」


シュッ!!


 俺は背中から来るそのストレートもどきを、脚をその場に残したまま回転し、膝と腿に彼の下半身、左肘を彼の背中に添えて押す。すると彼はくるんっと前回りするように転がる。


 俺はそのまま先程突き飛ばした先輩に向かい、さっきと同じ様にボディーブローと首への手刀で意識を刈り取る。


「て、てめぇ……合気か?」

「本格的なのじゃないっすけどね?」


 これで三人。残りも三人だ、

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