伊東祥子 第8話
今日は俺は一人地元から電車に乗って立川という大きな街へと来ていた。
昨日レナから聞いた、先輩達の襲撃に備えて護身具を見繕う為だ。俺が加害者にならない様にしないといけないので、余り武器っぽい物はダメだろう、例えば警棒とか、攻撃力過剰なスタンガンなんかは良くない。出来れば催涙スプレーなんかがあれば良いが、この時代で良質な物はあるだろうか?
俺はかつてこの街にある線路沿いのボロスーパーの中にある不良グッズ店に良く通っていた。そのスーパーは雑居ビルの様な外観で、各フロアに個人店がひしめく、今で言う専門店街みたいなスーパーだった。
入ってるテナントはまともな本屋とかとは別に、オタク的なものからファンシー的なもの、裏ビデオとかがある店まであって、とても多彩だ。当時の俺にとってはオアシスだった……
この数年後に潰れてたけど。
俺はこのスーパーの中に、警棒やメリケンなどのヤンキーグッズから女性が身を守る為のグッズまで、幅広く取り揃えてる店に心当たりがあった。
「ここだ……」
俺はスーパーの三階のフロアでエスカレーターを降りる。この頃はまだトレカショップとかDVDショップはまだ無い。シルバーのアクセやハーレーのジャケットの店、スカジャンや長ラン短ランのある店、そしてガラス張りのショーケースの中に武器を飾った今日の目的の店。
「良いのがあれば良いけど」
俺はまず手頃な値段の三段式の警棒に目をやる。これは予定では買うつもりは無かったが、二年が参加してきた時は流石にこれぐらい必要な気がする。俺は警棒での体術は体に仕込まれている。これがあれば戦闘力は確実に上がる。それに金額も手頃なのも魅力だ。
次は目的の催涙スプレーだ。
「うっ……何だこのパッケージ……」
[二度と目を開く事は許されない]
「買えるか! こんなものっ!」
隣りの安いのは……
[見ちゃいやんっ!]
「効くのかよコレ……」
そういえば市販のものなんて使った事無かった。いつも業務用のを渡されていた……
「はぁ……って、ん?」
俺はここでようやく、視線を感じた。店員さんに見られているのだろうか。俺は周りを見回すと、二メートルほど離れた場所で俺と同じ様にショーケースの前に立つ少女の姿を見つける。視線はその少女のものだとは思うが確信が持てない。何故なら……
(……前見えるのか?)
傷んだ汚い金髪、バサバサで全くとかされてないその汚い髪が、目元までバッサリと覆い被されているからだ。
どこか見覚えのある制服だが思い出せない。首元や手脚には所々包帯が巻いてある。
俺はそんな女の子がこんな場所でそんな怪我だらけで訪れている事に、少し思い当たり、側へと向かう。
「これは……」
「…………」
女の子が見ていたショーケース。その中にあったのはスタンガンだった。最新式の値段は二万を超えている。電流の強さが売りになっているみたいだ。この時代には威力をコントロール出来るものは無さそうだな。
「高いな……」
「…………」
女の子からは何も返ってこない、それどころか少し俺から離れていく。
「買わなくて良いのか?」
フルフル
「…………」
「…………」
首を振る女の子、だが言葉は何も発しない。恐らくこれだけの怪我だ、メンタル的に辛い事があったんだろう。俺は祥子の事を思い浮かべる。今祥子には俺がいる。この子にはそれが無くって、こういう物に頼ろうとしているんだろう。
「……所持金はいくらなんだ?」
「…………」
女の子はポケットに手を入れ、綺麗に折り畳まれたお札を取り出す。俺はそれを受け取ると、金額を数える。
「結構あるな、でも最新式のはムリだから……お、ここら辺が一番安いか……って、それでもちょっと足りないな」
「…………」
明らかに落ち込んでるのが伝わる、撫で肩の肩を更に落とし、項垂れている。鼻まで髪で隠れてしまった。
「はぁ……仕方ないな、ちょっと外のベンチで待っててくれないか?」
「…………」
彼女は無言で首を縦に振ると、そっとベンチに向かって歩き出す。
「よし、取り敢えずの物を揃えよう」
俺は自分の予算の中で、最低限戦いに必要そうなモノを見繕った。
#
「悪いな、待たせて」
「………」
俺は軽く謝罪をすると、ビニール袋に入った商品を手渡した。
「…………え」
ようやく聞こえたか細い声が俺の耳に響く。やっと聞こえた声だからなのか、俺は少し嬉しい気持ちになる。
「ちょっとした偽善だ、金の事は気にしないでいい。なんとか余らせれた分を充てたから」
俺は自分の分のビニールを持ち上げ、笑顔で気にしない様にアピールする。
「ただ、使用方法には気をつけろよ? やり過ぎたり、持病のある人に使うと最悪死ぬからな?」
俺がそう言うと、女の子はベンチから立ち上がり、九十度に腰を折る。お礼のお辞儀なんだろう。
「もういいよ、ほら帰んな? もう日が暮れる。女の子が一人でこんな所にいるもんじゃ無い」
そう俺が言うと、女の子一度頭を上げてから再度お辞儀をすると、フワッと俺に背を向け、下りのエスカレーターへと向かっていった。
「…………ありがと」
その一言を添えてーー
「あ……」
背を向けた時に一緒見えた淀んだ瞳……
アニメ声のような甘くてかん高い声……
俺の脳髄を揺さぶる……
「ま……まさか、な?」
運命は、俺の予想を超えて先回りをしている事を、俺はこの時はまだ知らない。
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