塩谷凛 第36話
「テメェ……何してやがる」
「お前こそなにしてんだよ」
家を出ると、家の前の電柱に寄りかかるクズな幼馴染が立っていた。
「そんなカッコして何処行く気だ?」
「テメェには関係ねぇだろ……」
「それが大有りなんだ。今日は悪りぃが一緒にいて貰うぜ?」
「ハンッ! ウチとクリスマスデートでもしてぇってのか?」
「まぁそれでも良いぜ? どっか飯でも行くか?」
「お呼びじゃねぇんだよ……」
ウチはそう呟くと、新城を置いて目的地へ向かう。一時間前、今ならアイツはまだ家にいる!
今日は完璧な戦闘服だ、外も中もアイツをギャフンと言わせる準備は万端だ。襟元がザックリ開いたぴちぴちの黒のニットに、下もぴちぴちのデニムのホットパンツ。寒いからダッフルと黒のタイツは履いちまったけど……
「ついてくんじゃねぇよ」
「だからさっき謝ったろ? ワリィけどあんまバカな事すんなら力づくでも引っ張ってくぜ?」
ウチは今の状況がようやく分かってきた。
「そういう事か…………塩谷、だな?」
「さぁな?」
とぼけるバカ面に益々持ってイラつきが止められねぇ……
塩谷はコイツと加賀谷に足止めを頼みやがったんだ! きっと祥子の元には加賀谷が向かってる……だけど、分かってんのか? あの二人を一緒にするって事を! 塩谷は知らねぇのか!?
「ちっ……方針転換だ……着いてくんなら勝手にしろ。……ただーー」
「あん? ただ……なんだよ?」
「これで大事になったら全部テメェのせいだからな……」
「なんの事だ……?」
「ちっ!!」
マジィ……いそがねぇと……
なんか嫌な予感がするーー
#
ピンポーン
「は〜〜い……って陽子ちゃん?」
「あ、あ、あのっ! ゆ、幸人君いますか!?」
「ううん? 幸人なら凛ちゃんとデートだって、さっき出てっちゃったわよ?」
「え? もお?」
「確か七時八時までは帰らないって言ってたわね? 吉祥寺でイルミネーション見るんだって」
「き、吉祥寺……」
「あら、陽子ちゃんも随分可愛いカッコしてぇ、誰かとデートかしら?」
「あっ! いえ、私は独り身なので……」
「へーー勿体ないっ、こんな可愛いのにねぇ? じゃあ友達とかとクリスマスパーティーとか?」
「あ、ああ……ハイッ、そ、そうです! そんな感じですっ」
「良いわねぇ〜〜、楽しんでいらっしゃい」
「は、はい! 失礼しました!」
「はーーい、またいらっしゃいね」
玄関先で長い会話を交わし終わると、私は歩きながら整理をする。
会えれば良し、会えなくても少しでも情報が欲しいと思って飛び込んだ三嶋家。会えはしなかったが、予想以上に沢山の情報が手に入った。
二人のデートの行先は吉祥寺だ。そして八時くらいは帰ってくるのなら最悪そこで捕まえる。だけどそれまでどうしよう……
「取り敢えず一旦帰って、作戦練ろうかな?」
私は家に帰る為に歩きだす。お義母さんに可愛いと言ってもらえた事にジワジワと喜びが溢れてくる。
「お義母さんが可愛いって思うなら、子供の三嶋も可愛いって思う?」
胸からドキドキって音がする。頑張って選んだ甲斐があった。白のハイネックのセーターに、赤のタータンチェックのスカート。派手すぎるかな? ってちょっと恥ずかしくて、コートはいつものダッフルを羽織ってきちゃったけど。
「リップも新色買っちゃった」
そんな今日は勝負の日。アイツに分かって貰うんだ。私が本気でアイツの事を想っているんだって。
「でも、どうしよう。今日クリスマスだし絶対人多いし……見つけられないよね」
家が見えてきた。私はそれでも探しに行くべきなんじゃないかって、そんな気がした。
「お前……何ぶつぶつ喋ってんだよ」
「え?」
目の前にいたのは松沢だった。私はすぐにでも自転車を取って、駅に向かうつもりだったのに……
「お前こそ何してんの、そこ私の家なんだけど」
「いや、なんか知らねぇけど、お前の所に行けって言われたんだよ」
「はぁ? 誰にそんな事言われたのよ」
「いや、新城と加賀谷二人からベルでさ」
なんで? なんでその二人がコイツを私の所に行けって言ったの? それにコイツには……
「バカなんじゃないの? お前こんなクリスマスイブの日に私と会っててどうすんのよ」
「まぁ……それは別にいいんだよ……」
何がいいのか分かんないけど、コイツにこれ以上時間を取られる訳にはいかない。だけど引っかかる……
「なんで新城と加賀谷は私の所に行けって……」
「さぁな? その後一応加賀谷と電話で話したんだけどさ、なんかアイツらも同じ様にするからって感じの話しでーー」
「待って!!」
「え?」
なんだろうこの湧き出る様な嫌な予感は……私も少し考えていた。今日と言う日に祥子やレナが何かするんじゃないかって。もし、それを塩谷が警戒したとしたら……
『塩谷のバカ、新城と加賀谷と待ち合わせしてたんだよ』
そうだ、その二人の名前はあの時に聞いたんだ。二人は多分塩谷と結託して……
「松沢っ!! アンタは三嶋の友達よね!?」
「あ、ああ、友達だぜ?」
「ちょっと手を貸しなさいっ!! ここまでお前何で来たの!?」
「そ、そこに、チャリーー」
「行くわよっ!! 着いてきてっ!!」
私は自宅の門の裏にある、自分の自転車に跨ると松沢を急かす!!
「そんなの二人も三嶋も可哀想じゃない!! 急ぐわよ!!」
「お、おい! まっ待てよっ!!」
私は後ろを着いてきてるかも確認せず、立ち漕ぎで走り出す。私にとってはあの二人が足止めされてしまえば好都合だ。だけど、それは違う。
ちゃんと私みたいに考えて、何かしようとしてるのなら、それは叶えてあげたい。その上で三嶋に分かってもらうんだ。決してこういう妨害にあって良いものじゃない。
三嶋にとってもそうだ、ちゃんと私達の気持ちを聞いた上で判断しないと、正しい気持ちなんてちゃんと選べない!
「そんなの許さないっ!!」
#
「間に合った……」
アタシは万全の準備を整えた。レナのあの戦闘服には敵わないかもしれない。陽子の強引さにも敵わないかもしれない。
だけどアイツはきっとコレが大好きなはず。
アタシはこんな真冬でも、タイツを履かずに素足を目一杯出したフレアのスカートを選んだ。
塩谷とのデートを邪魔するつもりはない。アタシはちゃんと幸人に事前に連絡をした。幸人は八時ぐらいまでコッチには帰ってこない。それでも気が逸る。
早く会いたい。会えるだけでいい……
なんでだろう? こうなる事がまるで必然の様にアイツに惹かれてく。こんな事になるなんて本当に想像もしてなかった。
アタシ達にはそれ程接点は無いかったし、良い男だと認識した事も無かった。だけどあの日から全てが変わった。
髪を黒く染め、まるで以前とは別人の様に大人っぽくなって、真面目になったアイツ。
陽子との関係が変わって問い詰めた非常階段。あんな攻めた事するつもりじゃ無かった。だけど……
「もうあの時点で……欲しくて欲しくて……胸が苦しくて苦しくて……」
幸人を助けなきゃって……
「ーーなぜ?」
その答えを考えようとすればする程、アタシの頭にモヤがかかる。アタシじゃなきゃダメなんだって事、助けるんだって事がアタシの中に渦巻いてる。これが恋なのかって悩んだ事もある。だけど、このアイツの事を考えた時の胸のトキメキと、アイツが欲しいってこの気持ちは絶対本物だ。
「きっと、この後辛い思いをする幸人を、アタシは助けないといけないって事だけは確かだ」
モヤは晴れないけど、それだけは確信できる。
だけど時間はまだある。幸人は終わったら連絡をくれるって言ってくれた。その代わり一瞬だぞって釘は刺されたけど……
ピンポーン
「ん?」
今日はアタシしかこの時間はいない。
「なんか荷物とか届いたのかな?」
アタシは一旦、居間にあるインターホンを取ろうと右を向いたけど、左を向けば目の前は玄関だ。アタシは何も深く考えず、玄関へと向かう。幸人に会う為の準備のお陰でパジャマとかじゃ無いし、この格好のまま出ても大丈夫だ。
「はーーい」
そして、アタシは何も考えず扉を開いた……
#
「ちっ!! でねぇ…….」
「お、おい! 何をそんなーー」
ウチは祥子の家までの途中にある公衆電話を投げ付けた。
祥子の家まではもう少しある。それまでに連絡がつけばこんなに焦る事はなかったのに……
「行くぞっ!!」
「お、おいっ! せ、説明しろよっ!!」
肩を掴み、走ろうとするウチを止める新城のバカに苛立つ。だけど、最悪の場合コイツの力は必要になるかもしれねぇ……
「離せっ!! テメェがやった事の所為で祥子が危ねぇんだ!!」
「な、なんの話だよ? 祥子? 伊東の事か? 俺は加賀谷に伊東が二人にチョッカイかけねぇように頼んだだけだ。純もそれは理解してる!」
「そういうんじゃねぇんだよ!! このクソがっ!!」
ウチは肩に置かれた手を振り払う。走らないと……ウチの親友は絶対に今あの日の様に……
「いいから走れっ! 走りながら教えてやるっ!!」
「お、おう!」
ウチはこのクソでバカな幼馴染に残ってるはずの本当は優しい心が、きっと目覚めてくれると信じてあの日の事を伝える覚悟を決める。
「あのクズはなっ、三嶋を好きになった祥子が気に入らなくてっ……」
「え……?」
「殴って蹴って……ウチらが止めなきゃ……どんな目に遭ってたかわかんねぇんだよっ!!」
「か、加賀谷が?」
「他に誰がいるってんだっ!! あの二人だけは二人きりにさせちゃいけねぇんだよっ!!」
ウチは叫びきった、親友を助けたくって……ライバルだけど……それ以上にウチにとって大切な存在の為に! 涙が勝手に溢れて風にさらわれていく。視界は歪んで進むべき道を蜃気楼の様に歪ませる。ウチはそれを袖で拭って振り払う。ウチは何があっても祥子を救いたい。それを本当は優しいはずのコイツに伝わって欲しいーー
「ーーーーレナ」
「ハァ、ハァ、なんだよっ!」
「先行くわーー」
ウチを追い抜き、全力で走り出すバカ。
「おせぇんだよ……」
ウチはその背中に、かつての初恋に、ウチの何より大切なものを預けたーー
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