第3話第一の殺人事件

 喫煙室の入り口で、体を震わせながら立ち尽くしている若い女性をそっと押して、廊下に出してやってから、五月は喫煙室に入って行った。

俺は野次馬が現場を荒らさないように、禁煙室の入り口に立ちはだかった。

ー俺の役目はサツキの捜査を手助けする事ー

「ポリス アライン!(警察を呼んで!)」

「誰も会場から出さないで!」

喫煙室の中から、サツキが叫んだ。


血の海の中、その男の死体は首を鋭いナイフのようなもので切り裂かれ、カッと目を見開いたまま、息絶えていた。

猛禽類の指のように力を込めて曲げられた五本の指は、一体何を掴もうとしたのか、男の怨みの強さを現しているようだった。

レンガ色の絨毯には大量の血液が染み込み、その中心にあおむけの死体が倒れている。


そこに警備員が駆け付けてきた。

「死んでいます。中には入らないで。誰も会場から出さないで!」

サツキの言葉に警備員は、慌ててUターンして駆けだしていき、走りながら無線で連絡を取り始めた。

サツキはスマホで死体を何枚か撮影し、部屋から出てきて、

「大丈夫?。中にいるのは君の知ってる人?」

第一発見者の若い女性に声をかけた。

「はい、上司です。観月東吾さん。喫煙室から戻って来ないので呼びに来たら、あんな事に」

サツキは彼女の胸につけた身分証を見ながら続けた。

「佐藤カレンさん、観月さんも惣流商事の社員なんだ」

「ええ、課長です」


そこに、ドカドカと大勢の足音がして、地元警察がやって来た。

野次馬を押しのけ、立ち入り禁止のロープを手際よく張って、数人が室内に入っていった。


「第一発見者はどなたですか?」

警官の声を聞いて佐藤が一歩前に出た。

「惣流商事の佐藤です。課長の観月が戻って来ないので、喫煙室に呼びに来て、課長が殺されているのを発見しました」

「解りました。詳しい話を聞きたいので、一緒に来てもらえますか」

警官の言葉に、佐藤はすがるような視線で、サツキを見つめた。

「君は?」

「第二発見者です。自分が現場を保存し、警備員に誰も外に出さないよう指示しました。佐藤さんはあのようなむごい光景を見て、動揺しています。その上、外国で警察に質問されるなんて心細い事でしょう。よろしければ、自分が彼女の傍について、貴方たちの質問のお手伝いをしますが」

警官は、佐藤の血の気が失せた顔と、サツキの落ち着いた様子を眺め、

「良いでしょう。君も立ち合いたまえ」

と、二人を連れて行った。


式典に参加していた我々は、式典のリストと照合され、事件について何も知らないことを話し、ホテルの住所を記入し、解放された。

「ただし、許可が出るまでイスタンブールから離れないでください」

ーでたー。いつもの。もう、慣れた。サツキの異能、『メイ探偵は、殺人現場に遭遇する』のせいで、いつもこうなるー

「サツキは警察と話してる、俺達はホテルで待ってよう」

歩き始めた俺たちに、声をかけてきた人がいた。

「よう。君たち、ホテルに戻るのかい?」

「坂口さん、下田さん、河原崎さん、こちらにいらしゃったんですか?」

「ああ、五月くんの『誰も会場から出さないで!』という声が聞こえたから、私達で手分けして、正面玄関と裏口を見張っていたんだ。しばらくして、警備員や警官が来たから交代したけどね。彼、わざわざ日本語で言ったんだろう。日本人はキチンと行動するからね」

「ご苦労様でした。日本語で言ったらきっと誰かが、真面目に対応してくれると、思ってました。それで、不審者とか、見ませんでしたか?」

「特に見なかったな、会場から出ようとした人たちも、事情を話したら納得して、会場に残ってくれてたしな」


ホテルに戻って、シャワーを浴び、「そろそろ腹が減ってきた」と三人で話していると、サツキが戻ってきた。

「どうだった?」

「すぐにシャワーを浴びてくるから、食事に行こう、話はその時に。皆も空腹だろう?」


四人で近くのカバーブがうまいと評判の店に入った。

「旨い。トルコは羊の肉料理が多くて、ちょっと臭みが気になることがあるけど、ここのカバーブは最高だ」

「柔らかいし、香草がきいてて臭みが全くないわね」

「それで、殺人事件については?」

「被害者は惣流商事課長の観月東吾さん。喫煙室で鋭利な刃物にて首を切られ、死亡。温和な性格で、敵もいない。私生活にも問題はない。犯人の遺留品もなし。犯行の動機も、犯人も不明だ」

「式典会場で不審者が見つからなかったなか?。あんなに大量の血が出だんだ、犯人も返り血を浴びただろう」

「いや、喫煙室の血の上に足跡は残ってなかった。犯人は、背後から、片手で被害者の口を押え、もう片方の手で握ったナイフで首を切ったのだろう。それなら、返り血は付かない」

「そうなのか。狭い喫煙室なら、背後に立たれてもそれほど気にしないだろうしなな」

「ああ、犯人が煙草を持っていたなら、気にしない。その上で、電話でもする真似をしたら、ウロウロしても気にされない」

「それにしても、お前の異能、『メイ探偵は、殺人現場に遭遇する』は、凄いな、百発百中だぞ」

「異能じゃねーし」

サツキの携帯が鳴った。

「はい。五月です。え?、二人目の犠牲者がでた?。え?、俺たちが宿泊しているホテルで?。いま、直ぐ近くでにいます。すぐに行きます」

サツキは携帯を切り、俺達を振り返った。

「また、日本人の被害者がでた。俺は警部に呼ばれた。俺と進藤は現場に向かう。寧々と桜は悪いけど、買い物でもしていてくれないか?」



 ー「何故、休む。続けろ。鍛錬を怠るな。弱いモノは強いモノに殺される。お前は、殺す側になれ!」

父は鬼のような形相で、怒鳴り、自分を殴り、蹴倒した。

その子供は、しかたなく、父親の言う通りに鍛錬を続けた。

体はもう限界だ、頭もボーっとしてきた。

「やらないと、また、殴られる」

限界状態での鍛錬を続けながら、子供は父に対する憎悪を隠した。ー



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る