第4話第二、第三の事件

 血の海の中、その男の死体は首を鋭いナイフのようなもので切り裂かれ、カッと目を見開いたまま、息絶えていた。

猛禽類の指のように力を込めて曲げられた五本の指は、一体何を掴もうとしたのか、男の怨みの強さを現しているようだった。


前回の殺人現場と全く同じ光景だった。

違うのは、被害者と、前回は式典会場の禁煙室で、今回は日本人の式典参加者があてがわれたホテルのコインランドリー室だという事だけだ。


「式典会場の喫煙室で殺された、前回の被害者と、まったく同じ殺され方だ」

「そうです。同一犯の仕業とおもわれます」

「被害者の身元は?」

「サンユー商事の島田大樹、38歳」

「日本人で式典の参加者という以外に、被害者の共通点がありますか?」

「今のところ、特に解っていない」

サツキと警部は被害者を覗き込んだ。

「足跡や遺留品も出なかったんですか?」

「ああ、まったく。前回も今回も証拠も目撃者も動機すら見つからない」

「無差別殺人でしょうね、式典関係者、又は日本人を狙った」

「私も五月くんと同意見だよ」

「では、これ以上被害者を出さないためにも、日本人式典参加者の拘束をといて、日本に帰国する許可を出すべきでは?」

「それが、上の連中が、警察のメンツの為に、『犯人を逮捕するまで、式典出席者をイスタンブールから出さない』よう、強く主張しているんだ」

「せめて、イスタンブール内でのホテルの移動は認めては?。犯人がまた犯行を起こすとしたら、日本人式典出席者が一つのホテルに集合しているこの状況は、犯人に有利すぎる」

「とりあえず、このホテルに警官を数人配備するように言われたよ」

「それはまた。我々を囮ににして、犯人を誘い出すつもりですか?」

「いや。私は反対したのだが」

「せめて、式典参加者の経歴をしらべて、テロ組織の関係者や、元自衛官、武道の上級者がいないか調べてください。普通の人間には、返り血も浴びず、声も出させないように何度も殺人を行う事は難しいでしょう。ちなみに、俺は合気道、進藤は剣道の上級者です」

俺はサツキと警部がコインランドリー室に入って死体の検分をしている間、廊下で待っていた。

コインランドリー室はサツキと警部の他に鑑識らしい連中が忙しく出入りしていた。

俺の横で座り込んでいるのは、第一発見者の西南浩二、23歳、さきがけ商事の新入社員だそうだ。

「大丈夫?。吐き気は収まりました?。水、もう少し飲んだ方がいいですよ」

「大丈夫です。なんとか。でも、あの光景、これから毎晩夢に見てうなされそうで」

「ああ、初めてああゆうの見たら、きついでしょうね」

「警察と一緒に中に入っていったの、君の友人でしょ?。よく、あんな死体をみて平気だね?」

「ああ、あいつは、見慣れてるから」

「見慣れてる?。彼も商社の人だよね。元、医学生とか?」

「いや。そうゆうのではないけど。あいつ、特異体質で、殺人事件に居合わせる事が多いんだ。ほら、あるだろ、晴れ男みたいな」

ーサツキの異能、『メイ探偵は、殺人現場に遭遇する』を一体どう説明すればいいんだ?ー

「いや、おかしいだろ、それ。いや、でも、どうでもいい。今は俺、何にも考えられない」

俺は彼が抱きかかえているランドリー袋を横目で見た。

「今日はもう、コインランドリーを使わせてもらえないだろうね」

「ここのコインランドリーには、もう絶対に来ません。殺されたくない。外でコインランドリーを探します」

「それなら、ここから少し歩いた場所にある、日本人が経営しているアパート、通称『サムライハウス』のコインランドリーを使わせてもらえばいい」

「ああ、あそこですか。噂で聴いてます。そうですね、明日、行ってみますよ」


その時、凄い勢いで警官がこっちに向かって走ってきた。

俺達は廊下の壁にくっついて場所をあけた。

その警官は

「大変です。非常階段で男が殺されています」

と、大声で叫んだ。

その声に反応し、警部とサツキがコインランドリー室から飛び出して、非常階段に向かって走り出した。

俺も二人の後を追って走り出す。


警部が非常階段のドアを大きく開いた。


うっとする、血の匂い。

血の海の中、その男の死体は首を鋭いナイフのようなもので切り裂かれ、カッと目を見開いたまま、息絶えていた。

猛禽類の指のように力を込めて曲げられた五本の指は、一体何を掴もうとしたのか、男の怨みの強さを現しているようだった。


「同じだ。同じ殺害方法。第三の死体」

警部が無線を取り出し叫んだ。

「ムスタファ!。非常階段の所を張っていたのはお前だったな。誰かそこを通ったか?」

「いいえ。誰も、通りませんでした」

「コインランドリー室の被害者と同じ頃に殺害されたのでしょうね。警察が配置に着く前の犯行ですよ」

サツキが警部を慰めるように言った。

その言葉を聞いても、警部の悔しそうな表情は消えなかった。

「鑑識を五階の非常口に呼べ」

再び、無線に向かい命令した。

「五月くん、式典参加者に『犯行を起こしそうな人物に心当たりがないか、また、現在何かトラブルを抱えていないか』と尋ねてれないか」

「解りました」

後で判明したが、第三の被害者は牧田海斗39歳、ユニコーン商事勤務だそうだ。

発見者は警備中の警官だった。


 ーその子供は父親の死体を見下ろしていた。

「これでもう殴られなくてすむ」

だが、子供は思った。

「こいつにやられた分を、まだやり返していない。まだ、心がスッキリしない」

子供は自分の憎悪の矛先を、どこに向かたらいいのか解らなかった。ー


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